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〘67㌻〙

第1章

1 神かみの[*]子こイエス・キリストの福音󠄃ふくいんの始はじめ[*異本「神の子」なし。]。

2 預言者よげんしゃイザヤの書ふみに、 『視みよ、我われなんぢの顏かほの前󠄃まへに、わが使󠄃つかひを遣󠄃つかはす、 彼かれなんぢの道󠄃みちを設まうくべし。 3 荒野あらのに呼よばはる者ものの聲こゑす 「主しゅの道󠄃みちを備そなへ、その路みちすぢを直なほくせよ」』と錄しるされたる如ごとく、 4 バプテスマのヨハネ出いで、荒野あらのにて罪つみの赦ゆるしを得えさする悔改くいあらためのバプテスマを宣傳のべつたふ。 5 ユダヤ全󠄃國ぜんこくまたエルサレムの人々ひとびと、みな其その許もとに出いで來きたりて罪つみを言いひあらはし、ヨルダン川がはにてバプテスマを受うけたり。 6 ヨハネは駱駝らくだの毛織けおりを著き、腰󠄃こしに皮かはの帶おびして、蝗いなごと野蜜のみつとを食󠄃くらへり。 7 かれ宣傳のべつたへて言いふ『我われよりも力ちからある者もの、わが後のちに來きたる。我われは屈かゞみて、その鞋くつの紐ひもをとくにも足たらず、 8 我われは水みづにて汝なんぢらにバプテスマを施ほどこせり。されど彼かれは聖󠄃せい靈れいにてバプテスマを施ほどこさん』

9 その頃ころイエス、ガリラヤのナザレより來きたり、ヨルダンにてヨハネよりバプテスマを受うけ給たまふ。 10 斯かくて水みづより上あがるをりしも、天てんさけゆき、御靈みたま、鴿はとのごとく己おのれに降󠄄くだるを見み給たまふ。 11 かつ天てんより聲こゑ出いづ『なんぢは我わが愛いつくしむ子こなり、我われなんぢを悅よろこぶ』

12 斯かくて御靈みたまただちにイエスを荒野あらのに逐󠄃おひやる。 13 荒野あらのにて四十しじふ日にちの間あひだサタンに試こゝろみられ、獸けものとともに居給ゐたまふ、御使󠄃みつかひたち之これに事つかへぬ。

14 ヨハネの囚とらはれし後のち、イエス、ガリラヤに到いたり、神かみの福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへて言いひ給たまふ、 15 『時ときは滿みてり、神かみの國くには近󠄃ちかづけり、汝なんぢら悔改くいあらためて福音󠄃ふくいんを信しんぜよ』
 67㌻ 

16 イエス、ガリラヤの海うみにそひて步あゆみゆき、シモンと其その兄弟きゃうだいアンデレとが、海うみに網󠄄あみ打うちをるを見み給たまふ。かれらは漁人すなどりびとなり。 17 イエス言いひ給たまふ『われに從したがひきたれ、汝なんぢ等らをして人ひとを漁すなどる者ものとならしめん』 18 彼かれら直たゞちに網󠄄あみをすてて從したがへり。 19 少すこし進󠄃すゝみゆきて、ゼベダイの子こヤコブとその兄弟きゃうだいヨハネとを見み給たまふ、彼かれらも舟ふねにありて網󠄄あみを繕つくろひゐたり。 20 直ただちに呼よび給たまへば、父󠄃ちちゼベダイを雇󠄃人やとひびととともに舟ふねに遺󠄃のこして從したがひゆけり。

21 斯かくて彼かれらカペナウムに到いたる、イエス直たゞちに安息あんそく日にちに會堂くわいだうにいりて敎をしへ給たまふ。 22 人々ひとびとその敎をしへに驚をどろきあへり。それは學者がくしゃの如ごとくならず、權威󠄂けんゐある者もののごとく敎をしへ給たまふゆゑなり。 23 時ときにその會堂くわいだうに、穢けがれし靈れいに憑つかれたる人ひとあり、叫さけびて言いふ〘49㌻〙 24 『ナザレのイエスよ、我われらは汝なんぢと何なにの關係かゝはりあらんや、汝なんぢは我われらを亡ほろぼさんとて來給きたまふ。われは汝なんぢの誰たれなるを知しる、神かみの聖󠄃者しゃうじゃなり』 25 イエス禁いましめて言いひ給たまふ『默もだせ、その人ひとを出いでよ』 26 穢けがれし靈れい、その人ひとを痙攣ひきつけさせ、大聲おほごゑをあげて出いづ。 27 人々ひとびとみな驚をどろき相あひ問とひて言いふ『これ何事なにごとぞ、權威󠄂けんゐある新あたらしき敎をしへなるかな、穢けがれし靈れいすら命めいずれば從したがふ』 28 爰こゝにイエスの噂󠄄うはさあまねくガリラヤの四方しはうに弘ひろまりたり。

29 會堂くわいだうをいで、直たゞちにヤコブとヨハネとを伴󠄃ともなひて、シモン及およびアンデレの家いへに入いり給たまふ。 30 シモンの外姑しうとめ、熱ねつをやみて臥ふしゐたれば、人々ひとびとただちに之これをイエスに吿つぐ。 31 イエス往󠄃ゆきて、その手てをとり、起󠄃おこし給たまへば、熱ねつさりて女をんなかれらに事つかふ。

32 夕ゆふべとなり、日ひいりてのち人々ひとびとすべての病やまひある者もの・惡鬼あくきに憑つかれたる者ものをイエスに連󠄃つれ來きたり、 33 全󠄃町ひとまちこぞりて門もんに集あつまる。
 68㌻ 
34 イエスさまざまの病やまひを患わづらふ多おほくの人ひとをいやし、多おほくの惡鬼あくきを逐󠄃おひいだし之これに物もの言いふことを免ゆるし給たまはず、惡鬼あくきイエスを知しるに因よりてなり。

35 朝󠄃あさまだき暗󠄃くらき程󠄃ほどに、イエス起󠄃おき出いでて、寂さびしき處ところにゆき、其處そこにて祈いのりゐたまふ。 36 シモン及および之これと偕ともにをる者ものども、その跡あとを慕したひゆき、 37 イエスに遇󠄃あひて言いふ『人ひとみな汝なんぢを尋󠄃たづぬ』 38 イエス言いひ給たまふ『いざ最寄もよりの村々むらむらに往󠄃ゆかん、われ彼處かしこにも敎をしへを宣のぶべし、我われはこの爲ために出いで來きたりしなり』 39 遂󠄅つひにゆきて、徧あまねくガリラヤの會堂くわいだうにて敎をしへを宣のべ、かつ惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだし給たまへり。

40 一人ひとりの癩病人らいびゃうにん、みもとに來きたり、跪ひざまづき請󠄃こひて言いふ『御意みこゝろならば我われを潔󠄄きよくなし給たまふを得えん』 41 イエス憫あはれみて、手てをのべ彼かれにつけて『わが意こゝろなり、潔󠄄きよくなれ』と言いひ給たまへば、 42 直たゞちに癩病らいびゃうさりて、その人ひときよまれり。 43 頓やがて彼かれを去さらしめんとて、嚴きびしく戒いましめて言いひ給たまふ 44 『つつしみて誰たれにも語かたるな、唯たゞゆきて己おのれを祭司さいしに見みせ、モーセが命めいじたる物ものを汝なんぢの潔󠄄きよめのために獻さゝげて、人々ひとびとに證あかしせよ』 45 されど彼かれいでて此この事ことを大おほいに述󠄃のべつたへ、徧あまねく弘ひろめ始はじめたれば、この後のちイエスあらはに町まちに入いりがたく、外そとの寂さびしき處ところに留とゞまりたまふ。人々ひとびと、四方しはうより御許みもとに來きたれり。

第2章

1 數󠄄日すにちの後のち、またカペナウムに入いり給たまひしに、その家いへに在いますることを聞ききて、 2 多おほくの人ひとあつまり來きたり、門口かどぐちすら𨻶間すきまなき程󠄃ほどなり。イエス彼かれらに御言みことばを語かたり給たまふ。〘50㌻〙 3 ここに四人よにんに擔になはれたる中風ちゅうぶの者ものを人々ひとびとつれ來きたる。 4 群衆ぐんじゅうによりて御許みもとにゆくこと能あたはざれば、在います所󠄃ところの屋根やねを穿󠄂うがちあけて、中風ちゅうぶの者ものを床とこのまま縋つり下おろせり。
 69㌻ 
5 イエス彼かれらの信仰しんかうを見みて、中風ちゅうぶの者ものに言いひたまふ『子こよ、汝なんぢの罪つみゆるされたり』 6 ある學者がくしゃたち其處そこに坐ざしゐたるが、心こゝろの中うちに、 7 『この人ひとなんぞ斯かく言いふか、これは神かみを瀆けがすなり、神かみひとりの外ほかは誰たれか罪つみを赦ゆるすことを得うべき』と論ろんぜしかば、 8 イエス直たゞちに彼かれ等らがかく論ろんずるを心こゝろに悟さとりて言いひ給たまふ『なにゆゑ斯かゝることを心こゝろに論ろんずるか、 9 中風ちゅうぶの者ものに「なんぢの罪つみゆるされたり」と言いふと「起󠄃おきよ、床とこをとりて步あゆめ」と言いふと、孰いづれか易やすき。 10 人ひとの子この地ちにて罪つみを赦ゆるす權威󠄂けんゐある事ことを、汝なんぢらに知しらせん爲ために』――中風ちゅうぶの者ものに言いひ給たまふ―― 11 『なんぢに吿つぐ、起󠄃おきよ、床とこをとりて家いへに歸かへれ』 12 彼かれおきて直たゞちに床とこをとりあげ、人々ひとびとの眼前󠄃まのあたりいで往󠄃ゆけば、皆みなおどろき、かつ神かみを崇あがめて言いふ『われら斯かくの如ごときことは斷たえて見みざりき』

13 イエスまた海邊󠄎うみべに出いでゆき給たまひしに、群衆ぐんじゅうみもとに集つどひ來きたりたれば、之これを敎をしへ給たまへり。 14 斯かくて過󠄃すぎ往󠄃ゆくとき、アルパヨの子こレビの、收税所󠄃しうぜいしょに坐ざしをるを見みて『われに從したがへ』と言いひ給たまへば、立たちて從したがへり。 15 而しかして其その家いへにて食󠄃事しょくじの席せきにつき居給ゐたまふとき、多おほくの取税人しゅぜいにん・罪人つみびとら、イエス及および弟子でしたちと共ともに席せきに列つらなる、これらの者ものおほく居ゐて、イエスに從したがへるなり。 16 パリサイ人びとの學者がくしゃら、イエスの罪人つみびと・取税人しゅぜいにんとともに食󠄃しょくし給たまふを見みて、その弟子でしたちに言いふ『なにゆゑ取税人しゅぜいにん・罪人つみびととともに食󠄃しょくするか』 17 イエス聞ききて言いひ給たまふ『健󠄄すこやかなる者ものは、醫者いしゃを要󠄃えうせず、ただ病やまひある者もの、これを要󠄃えうす。我われは正たゞしき者ものを招まねかんとにあらで、罪人つみびとを招まねかんとて來きたれり』

18 ヨハネの弟子でしとパリサイ人びととは、斷食󠄃だんじきしゐたり。人々ひとびとイエスに來きたりて言いふ『なにゆゑヨハネの弟子でしとパリサイ人びとの弟子でしとは斷食󠄃だんじきして、汝なんぢの弟子でしは斷食󠄃だんじきせぬか』 19 イエス言いひ給たまふ『新郎はなむこの友ともだち、新郎はなむこと偕ともにをるうちは斷食󠄃だんじきし得うべきか、新郎はなむこと偕ともにをる間あひだは、斷食󠄃だんじきするを得えず。
 70㌻ 
20 然されど新郎はなむこをとらるる日ひきたらん、その日ひには斷食󠄃だんじきせん。 21 誰たれも新あたらしき布ぬのの裂きれを舊ふるき衣ころもに縫󠄃ぬひつくることは爲せじ。もし然しかせば、その補おぎなひたる新あたらしきものは、舊ふるき物ものをやぶり、破綻ほころびさらに甚はなはだしからん。 22 誰たれも新あたらしき葡萄酒ぶだうしゅを、ふるき革嚢かはぶくろに入いるることは爲せじ。もし然しかせば、葡萄酒ぶだうしゅは嚢ふくろをはりさきて、葡萄酒ぶだうしゅも嚢ふくろも廢すたらん。新あたらしき葡萄酒ぶだうしゅは、新あたらしき革嚢かはぶくろに入いるるなり』〘51㌻〙

23 イエス安息あんそく日にちに麥むぎ畠はたけをとほり給たまひしに、弟子でしたち步あゆみつつ穗ほを摘つみ始はじめたれば、 24 パリサイ人びと、イエスに言いふ『視みよ、彼かれらは何なにゆゑ安息あんそく日にちに爲すまじき事ことをするか』 25 答こたへ給たまふ『ダビデその伴󠄃ともなへる人々ひとびとと共ともに乏ともしくして飢󠄄うゑしとき爲なしし事ことを未いまだ讀よまぬか。 26 即すなはち大だい祭司さいしアビアタルの時とき、ダビデ神かみの家いへに入いりて、祭司さいしのほかは食󠄃くらふまじき供そなへのパンを取とりて食󠄃くらひ、おのれと偕ともなる者ものにも與あたへたり』 27 また言いひたまふ『安息あんそく日にちは人ひとのために設まうけられて、人ひとは安息あんそく日にちのために設まうけられず。 28 然されば人ひとの子こは安息あんそく日にちにも主しゅたるなり』

第3章

1 また會堂くわいだうに入いり給たまひしに、片手かたてなえたる人ひとあり。 2 人々ひとびとイエスを訴うったへんと思おもひて、安息あんそく日にちにかの人ひとを醫いやすや否いなやと窺うかゞふ。 3 イエス手てなえたる人ひとに『中なかに立たて』といひ、 4 また人々ひとびとに言いひたまふ『安息あんそく日にちに善ぜんをなすと惡あくをなすと、生命いのちを救すくふと殺ころすと、孰いづれかよき』彼かれら默然もくねんたり。 5 イエスその心こゝろの頑󠄂固かたくななるを憂うれひて、怒いかり見囘みまはして、手てなえたる人ひとに『手てを伸のべよ』と言いひ給たまふ。かれ手てを伸のべたれば癒󠄄いゆ。 6 パリサイ人びといでて、直たゞちにヘロデ黨たうの人ひととともに、如何いかにしてイエスを亡ほろぼさんと議はかる。

7 イエスその弟子でしとともに、海邊󠄎うみべに退󠄃しりぞき給たまひしに、ガリラヤより來きたれる夥多おびたゞしき民衆みんしゅうも從したがふ。又󠄂またユダヤ、
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8 エルサレム、イドマヤ、ヨルダンの向むかひの地ち、およびツロ、シドンの邊󠄎ほとりより夥多おびたゞしき民衆みんしゅうその爲なし給たまへる事ことを聞ききて、御許みもとに來きたる。 9 イエス群衆ぐんじゅうのおしなやますを逃󠄄のがれんとて、小舟こぶねを備そなへ置おくことを弟子でしに命めいじ給たまふ。 10 これ多おほくの人ひとを醫いやし給たまひたれば、凡すべて病やまひに苦くるしむもの、御體みからだに觸さはらんとて押迫󠄃おしせまる故ゆゑなり。 11 また穢けがれし靈れいイエスを見みる每ごとに、御前󠄃みまへに平󠄃伏ひれふし、叫さけびて『なんぢは神かみの子こなり』と言いひたれば、 12 我われを顯あらはすなとて、嚴きびしく戒いましめ給たまふ。

13 イエス山やまに登のぼり、御意みこゝろに適󠄄かなふ者ものを召めし給たまひしに、彼かれら御許みもとに來きたる。 14 爰こゝに十二じふに人にんを擧あげたまふ。是これかれらを御側みそばにおき、また敎をしへを宣のべさせ、 15 惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだす權威󠄂けんゐを用もちひさする爲ために、遣󠄃つかはさんとてなり。 16 此この[*]十二じふに人にんを擧あげて、シモンにペテロといふ名なをつけ、[*異本「此の十二人を擧げて」の句なし。] 17 ゼベダイの子こヤコブ、その兄弟きゃうだいヨハネ、此この二人ふたりにボアネルゲ、即すなはち雷霆いかづちの子こといふ名なをつけ給たまふ。 18 又󠄂またアンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子こヤコブ、タダイ、熱心ねっしん黨たうのシモン、〘52㌻〙 19 及およびイスカリオテのユダ、このユダはイエスを賣うりしなり。   斯かくてイエス家いへに入いり給たまひしに、

20 群衆ぐんじゅうまた集あつまり來きたりたれば、食󠄃事しょくじする暇ひまもなかりき。 21 その親族みうちの者ものこれを聞きき、イエスを取押とりおさへんとて出いで來きたる、イエスを狂くるへりと謂いひてなり。 22 又󠄂またエルサレムより下くだれる學者がくしゃたちも『彼かれはベルゼブルに憑つかれたり』と言いひ、かつ『惡鬼あくきの首かしらによりて惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだすなり』と言いふ。 23 イエス彼かれらを呼よびよせ、譬たとへにて言いひ給たまふ『サタンは、いかでサタンを逐󠄃おひ出いだし得えんや。 24 もし國くに分󠄃わかれ爭あらそはば、其その國くに立たつこと能あたはず。 25 もし家いへ分󠄃わかれ爭あらそはば、其その家いへ立たつこと能あたはざるべし。 26 若もしサタン己おのれに逆󠄃さからひて分󠄃わかれ爭あらそはば、立たつこと能あたはず、反かへつて亡ほろび果はてん。 27 誰たれにても先まづ强つよき者ものを縛󠄃しばらずば、强つよき者ものの家いへに入いりて其その家財かざいを奪うばふこと能あたはじ、縛󠄃しばりて後のちその家いへを奪うばふべし。
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28 誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、人ひとの子こらの凡すべての罪つみと、けがす瀆けがしとは赦ゆるされん。 29 然されど聖󠄃せい靈れいをけがす者ものは、永遠󠄄とこしへに赦ゆるされず、永遠󠄄とこしへの罪つみに定さだめらるべし』 30 これは彼かれらイエスを『穢けがれし靈れいに憑つかれたり』と云いへるが故ゆゑなり。

31 爰こゝにイエスの母ははと兄弟きゃうだいと來きたりて外そとに立たち、人ひとを遣󠄃つかはしてイエスを呼よばしむ。 32 群衆ぐんじゅうイエスを環󠄃めぐりて坐ざしたりしが、或ある者ものいふ『視みよ、なんぢの母ははと兄弟きゃうだい・姉妹しまいと外そとにありて汝なんぢを尋󠄃たづぬ』 33 イエス答こたへて言いひ給たまふ『わが母はは、わが兄弟きゃうだいとは誰たれぞ』 34 斯かくて周󠄃圍󠄃まはりに坐ざする人々ひとびとを見囘みまはして言いひたまふ『視みよ、これは我わが母はは、わが兄弟きゃうだいなり。 35 誰たれにても神かみの御意みこゝろを行おこなふものは、是これわが兄弟きゃうだい、わが姉妹しまい、わが母ははなり』

第4章

1 イエスまた海邊󠄎うみべにて敎をしへ始はじめたまふ。夥多おびたゞしき群衆ぐんじゅう、みもとに集あつまりたれば、舟ふねに乘のり海うみに泛うかびて坐ざしたまひ、群衆ぐんじゅうはみな海うみに沿󠄄そひて陸をかにあり。 2 譬たとへにて數󠄄多あまたの事ことををしへ、敎をしへの中うちに言いひたまふ、 3 『聽きけ、種たね播まくもの、播まかんとて出いづ。 4 播まくとき、路みちの傍かたはらに落おちし種たねあり、鳥とりきたりて啄󠄅ついばむ。 5 土つちうすき磽地いしぢに落おちし種たねあり、土つち深ふかからぬによりて、速󠄃すみやかに萠もえ出いでたれど、 6 日ひ出いでてやけ、根ねなき故ゆゑに枯かる。 7 茨いばらの中なかに落おちし種たねあり、茨いばらそだち塞ふさぎたれば、實みを結むすばず。 8 良よき地ちに落おちし種たねあり、生はえ出いでて茂しげり、實みを結むすぶこと、三十さんじふ倍ばい、六十ろくじふ倍ばい、百ひゃく倍ばいせり』 9 また言いひ給たまふ『きく耳みゝある者ものは聽きくべし』〘53㌻〙

10 イエス人々ひとびとを離はなれ居給ゐたまふとき、御許みもとにをる者ものども、十二じふに弟子でしとともに、此これ等らの譬たとへを問とふ。 11 イエス言いひ給たまふ『なんぢらには神かみの國くにの奧義おくぎを與あたふれど、外そとの者ものには、凡すべて譬たとへにて敎をしふ。 12 これ「見みるとき見みゆとも認󠄃みとめず、聽きくとき聞きこゆとも悟さとらず、飜ひるがへりて赦ゆるさるる事ことなからん」爲ためなり』
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13 また言いひ給たまふ『なんぢら此この譬たとへを知しらぬか、然さらば爭いかでもろもろの譬たとへを知しり得えんや。 14 播まく者ものは御言みことばを播まくなり。 15 御言みことばの播まかれて路みちの傍かたはらにありとは、斯かゝる人ひとをいふ、即すなはち聞きくとき、直たゞちにサタン來きたりて、その播まかれたる御言みことばを奪うばふなり。 16 同おなじく播まかれて磽地いしぢにありとは、斯かゝる人ひとをいふ、即すなはち御言みことばをききて、直たゞちに喜よろこび受うくれども、 17 その中うちに根ねなければ、ただ暫しばし保たもつのみ、御言みことばのために、患難なやみまた迫󠄃害󠄅はくがいにあふ時ときは、直たゞちに躓つまづくなり。 18 また播まかれて茨いばらの中なかにありとは、斯かゝる人ひとをいふ、 19 即すなはち御言みことばをきけど、世よの心勞こゝろづかひ、財貨たからの惑まどひ、さまざまの慾よくいりきたり、御言みことばを塞ふさぐによりて、遂󠄅つひに實みのらざるなり。 20 播まかれて良よき地ちにありとは、斯かゝる人ひとをいふ、即すなはち御言みことばを聽ききて受うけ、三十さんじふ倍ばい、六十ろくじふ倍ばい、百ひゃく倍ばいの實みを結むすぶなり』

21 また言いひたまふ『升ますのした、寢臺ねだいの下したにおかんとて、燈火ともしびをもち來きたるか、燈臺とうだいの上うへにおく爲ためならずや。 22 それ顯あらはるる爲ためならで、隱かくるるものなく、明あきらかにせらるる爲ためならで、秘ひめらるるものなし。 23 聽きく耳みみある者ものは聽きくべし』 24 また言いひ給たまふ『なんぢら聽きくことに心こゝろせよ、汝なんぢらが量はかる量はかりにて量はかられ、更󠄃さらに增まし加くはへらるべし。 25 それ有󠄃もてる人ひとは、なほ與あたへられ、有󠄃もたぬ人ひとは、有󠄃もてる物ものをも取とらるべし』

26 また言いひたまふ『神かみの國くには、或ある人ひと、たねを地ちに播まくが如ごとし、 27 日夜にちや起󠄃臥おきふしするほどに、種たねはえ出いでて育そだてども、その故ゆゑを知しらず。 28 地ちはおのづから實みを結むすぶものにして、初はじめには苗なへ、つぎに穗ほ、つひに穗ほの中なかに充みち足たれる穀こくなる。 29 實み、熟みのれば直たゞちに鎌󠄃かまを入いる、收穫時かりいれどきの到いたれるなり』
 74㌻ 

30 また言いひ給たまふ『われら神かみの國くにを何なにになずらへ、如何いかなる譬たとへをもて示しめさん。 31 一粒ひとつぶの芥種からしだねのごとし、地ちに播まく時ときは、世よにある萬よろづの種たねよりも小ちひさけれど、 32 旣󠄁すでに播まきて生はえ出いづれば、萬よろづの野菜󠄄やさいよりは大おほきく、かつ大おほいなる枝えだを出いだして、空󠄃そらの鳥とりその蔭かげに棲すみ得うるほどになるなり』

33 斯かくのごとき數󠄄多あまたの譬たとへをもて、人々ひとびとの聽ききうる力ちからに隨したがひて、御言みことばを語かたり、 34 譬たとへならでは語かたり給たまはず、弟子でしたちには、人ひとなき時ときに凡すべての事ことを釋とき給たまへり。〘54㌻〙

35 その日ひ、夕ゆふべになりて言いひ給たまふ『いざ彼方かなたに往󠄃ゆかん』 36 弟子でしたち群衆ぐんじゅうを離はなれ、イエスの舟ふねにゐ給たまふまま共ともに乘のり出いづ、他ほかの舟ふねも從したがひゆく。 37 時ときに烈はげしき颶風はやておこり、浪なみうち込󠄃こみて、舟ふねに滿みつるばかりなり。 38 イエスは艫ともの方かたに茵しとねを枕まくらとして寢いねたまふ。弟子でしたち呼よび起󠄃おこして言いふ『師しよ、我われらの亡ほろぶるを顧󠄃かへりみ給たまはぬか』 39 イエス起󠄃おきて風かぜをいましめ、海うみに言いひたまふ『默もだせ、鎭しづまれ』乃すなはち風かぜやみて、大おほいなる凪なぎとなりぬ。 40 斯かくて弟子でしたちに言いひ給たまふ『なに故ゆゑかく臆おくするか、信仰しんかうなきは何なんぞ』 41 かれら甚いたく懼おそれて互たがひに言いふ『こは誰たれぞ、風かぜも海うみも順したがふとは』

第5章

1 斯かくて海うみの彼方かなたなるゲラセネ人びとの地ちに到いたる。 2 イエスの舟ふねより上あがり給たまふとき、穢けがれし靈れいに憑つかれたる人ひと、墓はかより出いでて、直たゞちに遇󠄃あふ。 3 この人ひと、墓はかを住󠄃處すみかとす、鏈くさりにてすら今いまは誰たれも繋つなぎ得えず。 4 彼かれはしばしば足械あしかせと鏈くさりとにて繋つながれたれど、鏈くさりをちぎり、足械あしかせをくだきたり、誰たれも之これを制せいする力ちからなかりしなり。 5 夜よるも晝ひるも、絕たえず墓はかあるひは山やまにて叫さけび、己おのが身みを石いしにて傷きずつけゐたり。 6 かれ遙はるかにイエスを見みて、走はしりきたり、御前󠄃みまへに平󠄃伏ひれふし、 7 大聲おほごゑに叫さけびて言いふ『いと高たかき神かみの子こイエスよ、我われは汝なんぢと何なにの關係かゝはりあらん、神かみによりて願ねがふ、我われを苦くるしめ給たまふな』
 75㌻ 
8 これはイエス『穢けがれし靈れいよ、この人ひとより出いで往󠄃ゆけ』と言いひ給たまひしに因よるなり。 9 イエスまた『なんぢの名なは何なにか』と問とひ給たまへば『わが名なはレギオン、我われら多おほきが故ゆゑなり』と答こたへ、 10 また己おのれらを此この地ちの外そとに逐󠄃おひやり給たまはざらんことを切せつに求もとむ。 11 彼處かしこの山邊󠄎やまべに豚ぶたの大おほいなる群むれ、食󠄃しょくしゐたり。 12 惡鬼あくきどもイエスに求もとめて言いふ『われらを遣󠄃つかはして豚ぶたに入いらしめ給たまへ』 13 イエス許ゆるしたまふ。穢けがれし靈れいいでて、豚ぶたに入いりたれば、二千にせん匹󠄃びきばかりの群むれ、海うみに向むかひて、崖がけを駈かけくだり、海うみに溺おぼれたり。 14 飼かふ者ものども逃󠄄にげ往󠄃ゆきて、町まちにも里さとにも吿つげたれば、人々ひとびと何事なにごとの起󠄃おこりしかを見みんとて出いづ。 15 斯かくてイエスに來きたり、惡鬼あくきに憑つかれたりし者もの、即すなはちレギオンをもちたりし者ものの、衣服󠄃ころもをつけ、慥たしかなる心こゝろにて坐ざしをるを見みて、懼おそれあへり。 16 かの惡鬼あくきに憑つかれたる者ものの上うへにありし事ことと、豚ぶたの事こととを見みし者ものども、之これを具󠄄つぶさに吿つげたれば、 17 人々ひとびとイエスにその境さかひを去さり給たまはん事ことを求もとむ。 18 イエス舟ふねに乘のらんとし給たまふとき、惡鬼あくきに憑つかれたりしもの偕ともに在あらん事ことを願ねがひたれど、 19 許ゆるさずして言いひ給たまふ『なんぢの家いへに、親したしき者ものに歸かへりて、主しゅがいかに大おほいなる事ことを汝なんぢに爲なし、いかに汝なんぢを憫あはれみ給たまひしかを吿つげよ』〘55㌻〙 20 彼かれゆきてイエスの如何いかに大おほいなる事ことを己おのれになし給たまひしかをデカポリスに言いひ弘ひろめたれば、人々ひとびとみな怪あやしめり。

21 イエス舟ふねにて、復またかなたに渡わたり給たまひしに、大おほいなる群衆ぐんじゅうみもとに集あつまる、イエス海邊󠄎うみべに在いませり。 22 會堂くわいだう司つかさの一人ひとり、ヤイロという者ものきたり、イエスを見みて、その足下あしもとに伏ふし、 23 切せつに願ねがひて言いふ『わが稚いとけなき娘むすめ、いまはの際きはなり、來きたりて手てをおき給たまへ、さらば救すくはれて活いくべし』 24 イエス彼かれと共ともにゆき給たまへば、大おほいなる群衆ぐんじゅうしたがひつつ御許みもとに押迫󠄃おしせまる。
 76㌻ 

25 爰こゝに十じふ二年にねん、血漏ちらうを患わづらひたる女をんなあり。 26 多おほくの醫者いしゃに多おほく苦くるしめられ、有󠄃もてる物ものをことごとく費つひやしたれど、何なにの效かひなく、反かへつて增々ますます惡あしくなりたり。 27 イエスの事ことをききて、群衆ぐんじゅうにまじり、後うしろに來きたりて、御衣みころもにさはる、 28 『その衣ころもにだに觸さはらば救すくはれん』と自みづから謂いへり。 29 斯かくて血ちの泉いづみ、ただちに乾かわき、病やまひのいえたるを身みに覺おぼえたり。 30 イエス直たゞちに能力ちからの己おのれより出いでたるを自みづから知しり、群衆ぐんじゅうの中なかにて、振反ふりかへり言いひたまふ『誰たれが我われの衣ころもに觸さはりしぞ』 31 弟子でしたち言いふ『群衆ぐんじゅうの押迫󠄃おしせまるを見みて、誰たれが我われに觸さはりしぞと言いひ給たまふか』 32 イエスこの事ことを爲なしし者ものを見みんとて見囘みまはし給たまふ。 33 女をんなおそれ戰をのゝき、己おのが身みになりし事ことを知しり、來きたりて御前󠄃みまへに平󠄃伏ひれふし、ありしままを吿つぐ。 34 イエス言いひ給たまふ『娘むすめよ、なんぢの信仰しんかうなんぢを救すくへり、安やすらかに往󠄃ゆけ、病やまひいえて健󠄄すこやかになれ』

35 かく語かたり給たまふほどに、會堂くわいだう司つかさの家いへより人々ひとびときたりて言いふ『なんぢの娘むすめは早はや死しにたり、爭いかでなほ師しを煩わづらはすべき』 36 イエス其その吿つぐる言ことばを傍かたへより聞ききて、會堂くわいだう司つかさに言いひたまふ『懼おそるな、ただ信しんぜよ』 37 斯かくてペテロ、ヤコブその兄弟きゃうだいヨハネの他ほかは、ともに往󠄃ゆく事ことを誰たれにも許ゆるし給たまはず。 38 彼かれら會堂くわいだう司つかさの家いへに來きたる。イエス多おほくの人ひとの、甚いたく泣なきつ叫さけびつする騷さわぎを見み、 39 入いりて言いひ給たまふ『なんぞ騷さわぎ、かつ泣なくか、幼兒をさなごは死しにたるにあらず、寐いねたるなり』 40 人々ひとびとイエスを嘲󠄂笑あざわらふ。イエス彼かれ等らをみな外そとに出いだし、幼兒をさなごの父󠄃ちちと母ははと己おのれに伴󠄃ともなへる者ものとを率󠄃ひきつれて、幼兒をさなごのをる處ところに入いり、 41 幼兒をさなごの手てを執とりて『タリタ、クミ』と言いひたまふ。少女せうじょよ、我われなんぢに言いふ、起󠄃おきよ、との意こゝろなり。 42 直たゞちに少女せうじょたちて步あゆむ、その歳とし十二じふになりければなり。彼かれら直たゞちに甚いたく驚をどろきおどろけり。 43 イエス此この事ことを誰たれにも知しれぬやうにせよと、堅かたく彼かれらを戒いましめ、また食󠄃物しょくもつを娘むすめに與あたふることを命めいじ給たまふ。〘56㌻〙
 77㌻ 

第6章

1 斯かくて其處そこをいで、己おのが郷さとに到いたり給たまひしに、弟子でしたちも從したがへり。 2 安息あんそく日にちになりて、會堂くわいだうにて敎をしへ始はじめ給たまひしに、聞ききたる多おほくのもの驚をどろきて言いふ『この人ひとは此これ等らのことを何處いづこより得えしぞ、此この人ひとの授さづけられたる智慧󠄄ちゑは何なにぞ、その手てにて爲なす斯かくのごとき能力ちからあるわざは何なにぞ。 3 此この人ひとは木匠たくみにして、マリヤの子こ、またヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟きゃうだいならずや、其その姉妹しまいも此處ここに我われらと共ともにをるに非あらずや』遂󠄅つひに彼かれに躓つまづけり。 4 イエス彼かれらに言いひたまふ『預言者よげんしゃは、おのが郷さと、おのが親族しんぞく、おのが家いへの外ほかにて尊󠄅たふとばれざる事ことなし』 5 彼處かしこにては、何なにの能力ちからある業わざをも行おこなひ給たまふこと能あたはず、ただ少數󠄄せうすうの病やめる者ものに、手てをおきて醫いやし給たまひしのみ。 6 彼かれらの信仰しんかうなきを怪あやしみ給たまへり。   斯かくて村々むらむらを歷へ巡󠄃めぐりて敎をしへ給たまふ。

7 また十二じふに弟子でしを召めし、二人ふたりづつ遣󠄃つかはしはじめ、穢けがれし靈れいを制せいする權威󠄂けんゐを與あたへ、 8 かつ旅󠄃たびのために、杖つゑ一ひとつの他ほかは、何なにをも持もたず、糧かても嚢ふくろも帶おびの中なかに錢ぜにをも持もたず、 9 ただ草鞋わらぢばかりをはきて、二ふたつの下衣したぎをも著きざることを命めいじ給たまへり。 10 斯かくて言いひたまふ『何處いづこにても人ひとの家いへに入いらば、その地ちを去さるまで其處そこに留とゞまれ。 11 何地いづちにても汝なんぢらを受うけず、汝なんぢらに聽きかずば、其處そこを出いづるとき、證あかしのために足あしの裏うらの塵ちりを拂はらへ』 12 爰こゝに弟子でしたち出いで往󠄃ゆきて、悔改くいあらたむべきことを宣傳󠄂のべつたへ、 13 多おほくの惡鬼あくきを逐󠄃おひいだし、多おほくの病やめる者ものに油あぶらをぬりて醫いやせり。

14 斯かくてイエスの名な顯あらはれたれば、ヘロデ王わうききて言いふ『バプテスマのヨハネ、死人しにんの中うちより甦よみがへりたり。この故ゆゑに此これ等らの能力ちからその中うちに働はたらくなり』 15 或ある人ひとは『エリヤなり』といひ、或ある人ひとは『預言者よげんしゃ、いにしへの預言者よげんしゃのごとき者ものなり』といふ。
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16 ヘロデ聞ききて言いふ『わが首斬くびきりしヨハネ、かれ甦よみがへりたるなり』 17 ヘロデ先さきにその娶めとりたる己おのが兄弟きゃうだいピリポの妻つまヘロデヤの爲ために、みづから人ひとを遣󠄃つかはし、ヨハネを捕とらへて獄ひとやに繋つなげり。 18 ヨハネ、ヘロデに『その兄弟きゃうだいの妻つまを納󠄃いるるは、宣よろしからず』と言いへるに因よる。 19 ヘロデヤ、ヨハネを怨うらみて殺ころさんと思おもへど能あたはず。 20 それはヘロデ、ヨハネの義ぎにして聖󠄃せいなる人ひとたるを知しりて、之これを畏おそれ、之これを護まもり、且かつその敎をしへをききて、大おほいに惱なやみつつも、なほ喜よろこびて聽ききたる故ゆゑなり。 21 然しかるに機をりよき日ひ來きたれり。ヘロデ己おのが誕󠄅生日たんじゃうびに、大臣だいじん・將校󠄃しゃうこう・ガリラヤの貴人きにんたちを招まねきて饗宴ふるまひせしに、 22 かのヘロデヤの娘むすめいり來きたりて、舞まひをまひ、ヘロデと其その席せきに列つらなれる者ものとを喜よろこばしむ。王わう、少女せうじょに言いふ『何なににても欲ほしく思おもふものを求もとめよ、我われあたへん』〘57㌻〙 23 また誓ちかひて言いふ『なんぢ求もとめば、我わが國くにの半󠄃なかばまでも與あたへん』 24 娘むすめいでて母ははにいふ『何なにを求もとむべきか』母ははいふ『バプテスマのヨハネの首くびを』 25 娘むすめただちに急󠄃いそぎて王わうの許もとに入いりきたり、求もとめて言いふ『ねがはくは、バプテスマのヨハネの首くびを盆󠄃ぼんに載のせて速󠄃すみやかに賜たまはれ』 26 王わういたく憂うれひたれど、その誓ちかひと席せきに在ある者ものとに對たいして拒󠄃こばむことを好このまず、 27 直たゞちに衛󠄅兵ゑいへいを遣󠄃つかはし、之これにヨハネの首くびを持もち來きたることを命めいず、衛󠄅兵ゑいへいゆきて獄ひとやにて、ヨハネを首斬くびきり、 28 その首くびを盆󠄃ぼんにのせ、持もち來きたりて少女せうじょに與あたふ、少女せうじょこれを母ははに與あたふ。 29 ヨハネの弟子でしたち聞ききて來きたり、その屍體しかばねを取とりて墓はかに納󠄃をさめたり。

30 使󠄃徒しとたちイエスの許もとに集あつまりて、その爲なししこと、敎をしへし事ことをことごとく吿つぐ。 31 イエス言いひ給たまふ『なんぢら人ひとを避󠄃さけ、寂さびしき處ところに、いざ來きたりて暫しばし息いこへ』これは往󠄃來ゆききの人ひとおほくして、食󠄃しょくする暇ひまだになかりし故ゆゑなり。 32 斯かくて人ひとを避󠄃さけ、舟ふねにて寂さびしき處ところにゆく。 33 其その往󠄃ゆくを見みて、多おほくの人ひとそれと知しり、その處ところを指さして、町々まちまちより徒步かちにてともに走はしり、彼かれ等らよりも先さきに往󠄃ゆけり。
 79㌻ 
34 イエス出いでて大おほいなる群衆ぐんじゅうを見み、その牧かふ者ものなき羊ひつじの如ごとくなるを甚いたく憫あはれみて、多おほくの事ことを敎をしへはじめ給たまふ。 35 時ときすでに晩おそくなりたれば、弟子でしたち御許みもとに來きたりていふ『ここは寂さびしき處ところ、はや時ときも晩おそし。 36 人々ひとびとを去さらしめ、周󠄃圍󠄃まはりの里さとまた村むらに往󠄃ゆきて、己おのがために食󠄃物しょくもつを買かはせ給たまへ』 37 答こたへて言いひ給たまふ『なんぢら食󠄃物しょくもつを與あたへよ』弟子でしたち言いふ『われら往󠄃ゆきて二に百ひゃくデナリのパンを買かひ、これに與あたへて食󠄃くらはすべきか』 38 イエス言いひ給たまふ『パン幾いくつあるか、往󠄃ゆきて見みよ』彼かれら見みていふ『五いつつ、また魚うを二ふたつあり』 39 イエス凡すべての人ひとの組々くみぐみとなりて、靑あを草くさの上うへに坐ざすることを命めいじ給たまへば、 40 或あるひは百ひゃく人にん、あるひは五ご十じふ人にん、畝うねのごとく列ならびて坐ざす。 41 斯かくてイエス五いつつのパンと二ふたつの魚うをとを取とり、天てんを仰あふぎて祝しくしパンをさき、弟子でしたちに付わたして人々ひとびとの前󠄃まへに置おかしめ、二ふたつの魚うををも人ひと每ごとに分󠄃わけ給たまふ。 42 凡すべての人ひと、食󠄃くらひて飽󠄄あきたれば、 43 パンの餘あまり、魚うをの殘のこりを集あつめしに、十二じふにの筐かごに滿みちたり。 44 パンを食󠄃くらひたる男をとこは五ご千せん人にんなりき。

45 イエス直たゞちに、弟子でしたちを强しひて舟ふねに乘のらせ、自みづから群衆ぐんじゅうを返󠄄かへす間まに、彼方かなたなるベツサイダに先さきに往󠄃ゆかしむ。 46 群衆ぐんじゅうに別わかれてのち、祈いのらんとて山やまにゆき給たまふ。〘58㌻〙 47 夕ゆふべになりて、舟ふねは海うみの眞󠄃中まなかにあり、イエスはひとり陸をかに在います。 48 風かぜ逆󠄃さからふに因よりて、弟子でしたちの漕こぎ煩わづらふを見みて、夜明よあけの四時よじごろ、海うみの上うへを步あゆみ、その許もとに到いたりて、往󠄃ゆき過󠄃すぎんとし給たまふ。 49 弟子でしたち其その海うみの上うへを步あゆみ給たまふを見み、變化へんげの者ものならんと思おもひて叫さけぶ。 50 皆みなこれを見みて心こゝろ騷さわぎたるに因よる。イエス直たゞちに彼かれらに語かたりて言いひ給たまふ『心こゝろ安やすかれ、我われなり、懼おそるな』 51 斯かくて弟子でしたちの許もとにゆき、舟ふねに登のぼり給たまへば、風かぜやみたり。弟子でしたち心こゝろの中うちにて甚いたく驚をどろく、 52 彼かれらは先さきのパンの事ことをさとらず、反かへつて其その心こゝろ鈍にぶくなりしなり。
 80㌻ 

53 遂󠄅つひに渡わたりてゲネサレの地ちに著つき、舟ふねがかりす。 54 舟ふねより上あがりしに、人々ひとびとただちにイエスを認󠄃みとめて、 55 徧あまねくあたりを馳はせまはり、その在いますと聞きく處々ところどころに、患わづらふ者ものを床とこのままつれ來きたる。 56 その到いたりたまふ處ところには、村むらにても、町まちにても、里さとにても、病やめる者ものを市場いちばにおきて、御衣みころもの總󠄂ふさにだに觸さはらしめ給たまはんことを願ねがふ。觸さはりし者ものは、みな醫いやされたり。

第7章

1 パリサイ人びとと或ある學者がくしゃらとエルサレムより來きたりてイエスの許もとに集あつまる。 2 而しかして、その弟子でしたちの中うちに、潔󠄄きよからぬ手て、即すなはち洗あらはぬ手てにて食󠄃事しょくじする者もののあるを見みたり。 3 パリサイ人びとおよび凡すべてのユダヤ人びとは、古いにしへの人ひとの言傳いひつたへを固かたく執とりて、懇ねんごろに手てを洗あらはねば食󠄃くらはず。 4 また市場いちばより歸かへりては、まず禊みそがざれば食󠄃くらはず。このほか酒杯さかづき・鉢はち・銅あかがねの器うつはを濯󠄄すゝぐなど多おほくの傳つたへを承うけて固かたく執とりたり。 5 パリサイ人びとおよび學者がくしゃらイエスに問とふ『なにゆゑ汝なんぢの弟子でしたちは、古いにしへの人ひとの言傳いひつたへに遵󠄅したがひて步あゆまず、潔󠄄きよからぬ手てにて食󠄃事しょくじするか』 6 イエス言いひ給たまふ『イザヤは汝なんぢら僞善者ぎぜんしゃにつきて能よく預言よげんせり。 「この民たみは口唇くちびるにて我われを敬うやまふ、 然されど、その心こゝろは我われに遠󠄄とほざかる。 7 ただ徒いたづらに我われを拜をがむ、 人ひとの訓誡いましめを敎をしへとし敎をしへて」と錄しるしたり。 8 汝なんぢらは神かみの誡命いましめを離はなれて人ひとの言傳いひつたへを固かたく執とる』 9 また言いひたまふ『汝なんぢ等らはおのれの言傳いひつたへを守まもらんとて、能よくも神かみの誡命いましめを棄すつ。 10 即すなはちモーセは「なんぢの父󠄃ちち、なんぢの母ははを敬うやまへ」といひ「父󠄃ちちまた母ははを詈のゝしる者ものは、必かならず殺ころさるべし」といへり。 11 然しかるに汝なんぢらは「人ひともし父󠄃ちちまた母ははにむかひ我わが汝なんぢに對たいして負󠄅おふ所󠄃ところのものは、コルバン即すなはち供物そなへものなりと言いはば可よし」と言いひて、 12 そののち人ひとをして、父󠄃ちちまた母ははに事つかふること勿なからしむ。〘59㌻〙
 81㌻ 
13 かく汝なんぢらの傳つたへたる言傳いひつたへによりて、神かみの言ことばを空󠄃むなしうし、又󠄂またおほく此この類たぐひの事ことをなしをるなり』 14 更󠄃さらに群衆ぐんじゅうを呼よび寄よせて言いひ給たまふ『なんぢら皆みなわれに聽ききて悟さとれ。 15 外そとより人ひとに入いりて、人ひとを汚けがし得うるものなし、然されど人ひとより出いづるものは、これ人ひとを汚けがすなり』 16 [なし][*][*諸異本「聽く耳あるものは聽くべし」との句あり。] 17 イエス群衆ぐんじゅうを離はなれて家いへに入いり給たまひしに、弟子でしたち其その譬たとへを問とふ。 18 彼かれらに言いひ給たまふ『なんぢらも然しか悟さとりなきか、外そとより人ひとに入いる物ものの、人ひとを汚けがしえぬを悟さとらぬか、 19 これ心こゝろには入いらず、腹はらに入いりて厠かはやにおつるなり』かく凡すべての食󠄃物しょくもつを潔󠄄きよしとし給たまへり。 20 また言いひたまふ『人ひとより出いづるものは、これ人ひとを汚けがすなり。 21 それ內うちより、人ひとの心こゝろより、惡あしき念おもひいづ、即すなはち淫行いんかう・竊盜ぬすみ・殺人ひとごろし、 22 姦淫かんいん・慳貪むさぼり・邪󠄅曲よこしま・詭計たばかり・好色かうしょく・嫉妬ねたみ・誹謗そしり・傲慢がうまん・愚痴ぐち。 23 すべて此これ等らの惡あしき事ことは內うちより出いでて人ひとを汚けがすなり』

24 イエス起󠄃たちて此處ここを去さり、ツロの地方ちはうに往󠄃ゆき、家いへに入いりて人ひとに知しられじと爲し給たまひたれど、隱かくるること能あたはざりき。 25 爰こゝに穢けがれし靈れいに憑つかれたる稚いとけなき娘むすめをもてる女をんな、直ただちにイエスの事ことをきき、來きたりて御足みあしの許もとに平󠄃伏ひれふす。 26 この女をんなはギリシヤ人びとにて、スロ・フェニキヤの生うまれなり。その娘むすめより惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだし給たまはんことを請󠄃こふ。 27 イエス言いひ給たまふ『まづ子供こどもに飽󠄄あかしむべし、子供こどものパンをとりて小狗こいぬに投なげ與あたふるは善よからず』 28 女をんなこたへて言いふ『然しかり主しゅよ、食󠄃卓しょくたくの下したの小狗こいぬも小供こどもの食󠄃屑たべくづを食󠄃くらふなり』 29 イエス言いひ給たまふ『なんぢ此この言ことばによりて[安やすんじ]往󠄃ゆけ、惡鬼あくきは旣󠄁すでに娘むすめより出いでたり』 30 女をんな、家いへに歸かへりて見みるに、子こは寢臺ねだいの上うへに臥ふし、惡鬼あくきは旣󠄁すでに出いでたり。 31 イエス又󠄂またツロの地方ちはうを去さりて、シドンを過󠄃すぎ、デカポリスの地方ちはうを經へて、ガリラヤの海うみに來きたり給たまふ。 32 人々ひとびと、耳聾󠄃みゝしひにして物もの言いふこと難かたき者ものを連󠄃つれ來きたりて、之これに手てをおき給たまはんことを願ねがふ。
 82㌻ 
33 イエス群衆ぐんじゅうの中なかより、彼かれをひとり連󠄃つれ出いだし、その兩耳りゃうみゝに指ゆびをさし入いれ、また唾つばきして其その舌したに觸さはり、 34 天てんを仰あふぎて嘆たんじ、その人ひとに對むかひて『エパタ』と言いひ給たまふ、ひらけよとの意こゝろなり。 35 斯かくてその耳みゝひらけ、舌したの縺もつれただちに解とけ、正たゞしく物ものいへり。 36 イエス誰たれにも吿つぐなと人々ひとびとを戒いましめたまふ。然されど戒いましむるほど反かへつて愈󠄃々いよいよ言いひ弘ひろめたり。 37 また甚はなはだしく打驚うちをどろきて言いふ『かれの爲なしし事ことは皆みなよし、聾󠄃者みゝしひをも聞きこえしめ、啞者おふしをも物ものいはしむ』〘60㌻〙

第8章

1 その頃ころまた大おほいなる群衆ぐんじゅうにて食󠄃くらふべき物ものなかりしかば、イエス弟子でしたちを召めして言いひ給たまふ、 2 『われ此この群衆ぐんじゅうを憫あはれむ、旣󠄁すでに三日みっかわれと偕ともにをりて食󠄃くらふべき物ものなし。 3 飢󠄄うゑしままにて、其その家いへに歸かへらしめば、途󠄃みちにて疲つかれ果はてん。其その中なかには遠󠄄とほくより來きたれる者ものあり』 4 弟子でしたち答こたへて言いふ『この寂さびしき地ちにては、何處いづこよりパンを得えて、この人々ひとびとを飽󠄄あかしむべき』 5 イエス問とひ給たまふ『パン幾いくつあるか』答こたへて『七なゝつ』といふ。 6 イエス群衆ぐんじゅうに命めいじて地ちに坐ざせしめ、七なゝつのパンを取とり、謝󠄃しゃして之これを裂さき、弟子でしたちに與あたへて群衆ぐんじゅうの前󠄃まへにおかしむ。弟子でしたち乃すなはちその前󠄃まへにおく。 7 また小ちひさき魚うをすこしばかりあり、祝しくして之これをも、その前󠄃まへにおけと言いひ給たまふ。 8 人々ひとびと、食󠄃くらひて飽󠄄あき、擘さきたる餘あまりを拾ひろひしに、七なゝつの籃かごに滿みちたり。 9 その人ひとおほよそ四千しせん人にんなりき。イエス彼かれらを歸かへし、 10 直たゞちに弟子でしたちと共ともに舟ふねに乘のりて、ダルマヌタの地方ちはうに往󠄃ゆき給たまへり。

11 パリサイ人びといで來きたりて、イエスと論ろんじはじめ、之これを試こゝろみて天てんよりの徴しるしをもとむ。 12 イエス心こゝろに深ふかく歎たんじて言いひ給たまふ『なにゆゑ今いまの代よは徴しるしを求もとむるか、誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、徴しるしは今いまの代よに斷たえて與あたへられじ』 13 斯かくて彼かれらを離はなれ、また舟ふねに乘のりて彼方かなたに往󠄃ゆき給たまふ。
 83㌻ 

14 弟子でしたちパンを携たづさふることを忘󠄃わすれ、舟ふねには唯一たゞひとつの他ほかパンなかりき。 15 イエス彼かれらを戒いましめて言いひたまふ『愼つゝしみてパリサイ人びとのパンだねと、ヘロデのパンだねとに心こゝろせよ』 16 弟子でしたち互たがひに、これはパン無なき故ゆゑならんと語かたり合あふ。 17 イエス知しりて言いひたまふ『何なんぞパン無なき故ゆゑならんと語かたり合あふか、未いまだ知しらぬか、悟さとらぬか、汝なんぢらの心こゝろなほ鈍にぶきか。 18 目めありて見みぬか、耳みゝありて聽きかぬか。又󠄂またなんぢら思おもひ出いでぬか、 19 五いつつのパンを擘さきて、五ご千せん人にんに與あたへし時とき、その餘あまりを幾筐いくかごひろひしか』弟子でしたち言いふ『十二じふに』 20 『七なゝつのパンを擘さきて四千しせん人にんに與あたへし時とき、その餘あまりを幾籃いくかごひろひしか』弟子でしたち言いふ『七なゝつ』 21 イエス言いひたまふ『未いまだ悟さとらぬか』

22 彼かれら遂󠄅つひにベツサイダに到いたる。人々ひとびと、盲人めしひをイエスに連󠄃つれ來きたりて、觸さはり給たまはんことを願ねがふ。 23 イエス盲人めしひの手てをとりて、村むらの外そとに連󠄃つれ往󠄃ゆき、その目めに唾つばきし、御手みてをあてて『なにか見みゆるか』と問とひ給たまへば、 24 見み上あげて言いふ『人ひとを見みる、それは樹きの如ごとき物ものの步あるくが見みゆ』 25 また御手みてをその目めにあて給たまへば、視凝みつめたるに、癒󠄄いえて凡すべてのもの明あきらかに見みえたり。〘61㌻〙 26 斯かくて『村むらにも入いるな』と言いひて、その家いへに歸かへし給たまへり。

27 イエス其その弟子でしたちとピリポ・カイザリヤの村々むらむらに出いでゆき、途󠄃みちにて弟子でしたちに問とひて言いひたまふ『人々ひとびとは我われを誰たれと言いふか』 28 答こたへて言いふ『バプテスマのヨハネ、或ある人ひとはエリヤ、或ある人ひとは預言者よげんしゃの一人ひとり』 29 また問とひ給たまふ『なんぢらは我われを誰たれと言いふか』ペテロ答こたへて言いふ『なんぢはキリストなり』 30 イエス己おのがことを誰たれにも吿つぐなと彼かれらを戒いましめ給たまふ。 31 斯かくて人ひとの子この必かならず多おほくの苦難くるしみをうけ、長老ちゃうらう・祭司長さいしちゃう・學者がくしゃらに棄すてられ、かつ殺ころされ、三日みっかの後のちに甦よみがへるべき事ことを敎をしへはじめ、
 84㌻ 
32 此この事ことをあらはに語かたり給たまふ。爰こゝにペテロ、イエスを傍かたへにひきて戒いましめ出いでたれば、 33 イエス振反ふりかへりて弟子でしたちを見み、ペテロを戒いましめて言いひ給たまふ『サタンよ、わが後うしろに退󠄃しりぞけ、汝なんぢは神かみのことを思おもはず、反かへつて人ひとのことを思おもふ』 34 斯かくて群衆ぐんじゅうを弟子でしたちと共ともに呼よび寄よせて言いひたまふ『人ひともし我われに從したがひ來きたらんと思おもはば、己おのれをすて、己おのが十字架じふじかを負󠄅おひて我われに從したがへ。 35 己おのが生命いのちを救すくはんと思おもふ者ものは、これを失うしなひ、我わが爲ためまた福音󠄃ふくいんの爲ために己おのが生命いのちをうしなふ者ものは、之これを救すくはん。 36 人ひと、全󠄃世界ぜんせかいを贏󠄅まうくとも、己おのが生命いのちを損そんせば、何なにの益えきあらん、 37 人ひとその生命いのちの代しろに何なにを與あたへんや。 38 不義ふぎなる、罪つみ深ふかき今いまの代よにて、我われまたは我わが言ことばを恥はづる者ものをば、人ひとの子こもまた、父󠄃ちちの榮光えいくわうをもて、聖󠄃せいなる御使󠄃みつかひたちと共ともに來きたらん時ときに恥はづべし』

第9章

1 また言いひ給たまふ『まことに汝なんぢらに吿つぐ、此處ここに立たつ者もののうちに、神かみの國くにの、權能ちからをもて來きたるを見みるまでは、死しを味あぢはぬ者ものどもあり』

2 六日むゆかの後のち、イエスただペテロ、ヤコブ、ヨハネのみを率󠄃ひきつれ、人ひとを避󠄃さけて高たかき山やまに登のぼりたまふ。斯かくて彼かれらの前󠄃まへにて其その狀さまかはり、 3 其その衣ころもかがやきて甚はなはだ白しろくなりぬ、世よの晒布者ぬのさらしを爲なし得えぬほど白しろし。 4 エリヤ、モーセともに彼かれらに現あらはれて、イエスと語かたりゐたり。 5 ペテロ差出さしいでてイエスに言いふ『ラビ、我われらの此處ここに居をるは善よし。われら三みつの廬いほりを造󠄃つくり、一ひとつを汝なんぢのため、一ひとつをモーセのため、一ひとつをエリヤのためにせん』 6 彼かれ等らいたく懼おそれたれば、ペテロ何なにと言いふべきかを知しらざりしなり。 7 斯かくて雲くもおこり、彼かれらを覆󠄄おほふ。雲くもより聲こゑ出いづ『これは我わが愛いつくしむ子こなり、汝なんぢら之これに聽きけ』 8 弟子でしたち急󠄃いそぎ見囘みまはすに、イエスと己おのれらとの他ほかには、はや誰たれも見みえざりき。
 85㌻ 
9 山やまをくだる時とき、イエス彼かれらに、人ひとの子この、死人しにんの中うちより甦よみがへるまでは、見みしことを誰たれにも語かたるなと戒いましめ給たまふ。〘62㌻〙 10 彼かれら此この言ことばを心こゝろにとめ『死人しにんの中うちより甦よみがへる』とは、如何いかなる事ことぞと互たがひに論ろんじ合あふ。 11 斯かくてイエスに問とひて言いふ『學者がくしゃたちは、何なに故ゆゑエリヤまづ來きたるべしと言いふか』 12 イエス言いひ給たまふ『實げにエリヤ先まづ來きたりて、萬よろづの事ことをあらたむ。さらば人ひとの子こにつき、多おほくの苦難くるしみを受うけ、かつ蔑なみせらるる事ことの錄しるされたるは何なにぞや。 13 されど我われなんぢらに吿つぐ、エリヤは旣󠄁すでに來きたれり。然しかるに彼かれに就つきて錄しるされたる如ごとく、人々ひとびと心こゝろのままに之これを待あしらへり』

14 相あひ共ともに弟子でしたちの許もとに來きたりて、大おほいなる群衆ぐんじゅうの之これを環󠄃めぐり、學者がくしゃたちの之これと論ろんじゐたるを見み給たまふ。 15 群衆ぐんじゅうみなイエスを見みるや否いなや、いたく驚をどろき、御許みもとに走はしり往󠄃ゆきて禮れいをなせり。 16 イエス問とひ給たまふ『なんぢら何なにを彼かれらと論ろんずるか』 17 群衆ぐんじゅうのうちの一人ひとりこたふ『師しよ、啞おふしの靈れいに憑つかれたる我わが子こを御許みもとに連󠄃つれ來きたれり。 18 靈れいいづこにても彼かれに憑つけば、痙攣ひきつけ泡󠄃あわをふき、齒はをくひしばり、而しかして痩やせ衰󠄄おとろふ。御弟子みでしたちに之これを逐󠄃おひ出いだすことを請󠄃こひたれど能あたはざりき』 19 爰こゝに彼かれらに言いひ給たまふ『ああ信しんなき代よなるかな、我われいつまで汝なんぢらと偕ともにをらん、何時いつまで汝なんぢらを忍󠄄しのばん。その子こを我わが許もとに連󠄃つれきたれ』 20 乃すなはち連󠄃つれきたる。彼かれイエスを見みしとき、靈れいただちに之これを痙攣ひきつけたれば、地ちに倒たふれ、泡󠄃あわをふきて轉ころび廻まはる。 21 イエスその父󠄃ちちに問とひ給たまふ『いつの頃ころより斯かくなりしか』父󠄃ちちいふ『をさなき時ときよりなり。 22 靈れいしばしば彼かれを火ひのなか水みづの中なかに投なげ入いれて亡ほろぼさんとせり。然されど汝なんぢなにか爲なし得えば、我われらを憫あはれみて助たすけ給たまへ』 23 イエス言いひたまふ『爲なし得えばと言いふか、信しんずる者ものには、凡すべての事ことなし得えらるるなり』 24 その子この父󠄃ちちただちに叫さけびて言いふ『われ信しんず、信仰しんかうなき我われを助たすけ給たまへ』 25 イエス群衆ぐんじゅうの走はしり集あつまるを見みて、穢けがれし靈れいを禁いましめて言いひたまふ『啞おふしにて耳聾󠄃みゝしひなる靈れいよ、我われなんぢに命めいず、この子こより出いでよ、重かさねて入いるな』
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26 靈れいさけびて甚はなはだしく痙攣ひきつけさせて出いでしに、その子こ、死人しにんの如ごとくなりたれば、多おほくの者ものこれを死しにたりと言いふ。 27 イエスその手てを執とりて起󠄃おこし給たまへば立たてり。 28 イエス家いへに入いり給たまひしとき、弟子でしたち竊ひそかに問とふ『我等われらいかなれば逐󠄃おひ出いだし得えざりしか』 29 答こたへ給たまふ『この類たぐひは[*]祈いのりに由よらざれば、如何いかにすとも出いでざるなり』[*異本「祈と斷食󠄃とに由らざれば」とあり。]

30 此處ここを去さりて、ガリラヤを過󠄃すぐ。イエス人ひとの此この事ことを知しるを欲ほっし給たまはず。 31 これは弟子でしたちに敎をしへをなし、かつ『人ひとの子こは人々ひとびとの手てにわたされ、人々ひとびとこれを殺ころし、殺ころされて、三日みっかののち甦よみがへるべし』と言いひ給たまふが故ゆゑなり。〘63㌻〙 32 弟子でしたちはその言ことばを悟さとらず、また問とふ事ことを恐おそれたり。

33 斯かくてカペナウムに到いたる。イエス家いへに入いりて、弟子でしたちに問とひ給たまふ『なんぢら途󠄃みちすがら何なにを論ろんぜしか』 34 弟子でしたち默然もくねんたり、これは途󠄃みちすがら、誰たれか大おほいならんと、互たがひに爭あらそひたるに因よる。 35 イエス坐ざして、十二じふに弟子でしを呼よび、之これに言いひたまふ『人ひともし頭かしらたらんと思おもはば、凡すべての人ひとの後しりへとなり、凡すべての人ひとの役者えきしゃとなるべし』 36 斯かくてイエス幼兒をさなごをとりて彼かれらの中なかにおき、之これを抱󠄃いだきて言いひ給たまふ、 37 『おほよそ我わが名なのために斯かゝる幼兒をさなごの一人ひとりを受うくる者ものは、我われを受うくるなり。我われを受うくる者ものは、我われを受うくるにあらず、我われを遣󠄃つかはしし者ものを受うくるなり』

38 ヨハネ言いふ『師しよ、我われらに從したがはぬ者ものの、御名みなによりて惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだすを見みしが、我われらに從したがはぬ故ゆゑに、之これを止とゞめたり』 39 イエス言いひたまふ『止とゞむな、我わが名なのために能力ちからある業わざをおこなひ、俄にはかに我われを譏󠄃そしり得うる者ものなし。 40 我われらに逆󠄃さからはぬ者ものは、我われらに附つく者ものなり。 41 キリストの者ものたるによりて、汝なんぢらに一杯いっぱいの水みづを飮のまする者ものは、我われまことに汝なんぢらに吿つぐ、必かならずその報むくいを失うしなはざるべし。
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42 また我われを信しんずる此この小ちひさき者ものの一人ひとりを躓つまづかする者ものは、寧むしろ大おほいなる碾臼ひきうすを頸くびに懸かけられて、海うみに投なげ入いれられんかた勝󠄃まされり。 43 もし汝なんぢの手てなんぢを躓つまづかせば、之これを切きり去され、不具󠄄かたはにて生命いのちに入いるは、兩手りゃうてありて、ゲヘナの消󠄃きえぬ火ひに往󠄃ゆくよりも勝󠄃まさるなり。 44 [なし][*][*異本四四及び四六の二節に、この書の四八とおなじ句あり。] 45 もし汝なんぢの足あしなんぢを躓つまづかせば、之これを切きり去され、蹇跛あしなへにて生命いのちに入いるは、兩足りゃうあしありてゲヘナに投なげ入いれらるるよりも勝󠄃まさるなり。 46 [なし][*][*異本四四及び四六の二節に、この書の四八とおなじ句あり。] 47 もし汝なんぢの眼めなんぢを躓つまづかせば、之これを拔ぬき出いだせ、片眼かためにて神かみの國くにに入いるは、兩眼りゃうめありてゲヘナに投なげ入いれらるるよりも勝󠄃まさるなり。 48 「彼處かしこにては、その蛆うじつきず、火ひも消󠄃きえぬなり」 49 それ人ひとは、みな火ひをもて鹽しほつけらるべし。 50 鹽しほは善よきものなり、然されど鹽しほもし其その鹽しほ氣けを失うしなはば、何なにをもて之これに味あぢつけん。汝なんぢら心こゝろの中うちに鹽しほを保たもち、かつ互たがひに和やはらぐべし』

第10章

1 イエス此處ここをたちて、ユダヤの地方ちはうおよびヨルダンの彼方かなたに來きたり給たまひしに、群衆ぐんじゅうまたも御許みもとに集つどひたれば、常つねのごとく敎をしへ給たまふ。 2 時ときにパリサイ人びとら來きたり試こゝろみて問とふ『人ひとその妻つまを出いだすはよきか』 3 答こたへて言いひ給たまふ『モーセは汝なんぢらに何なにと命めいぜしか』〘64㌻〙 4 彼かれら言いふ『モーセは離緣狀りえんじゃうを書かきて出いだすことを許ゆるせり』 5 イエス言いひ給たまふ『汝なんぢらの心こゝろ、無情󠄃つれなきによりて、此この誡命いましめを錄しるししなり。 6 然されど開闢かいびゃくの初はじめより「人ひとを男をとこと女をんなとに造󠄃つくり給たまへり」 7 「斯かゝる故ゆゑに人ひとはその父󠄃ちち母ははを離はなれて、 8 二人ふたりのもの一體いったいとなるべし」然さればはや二人ふたりにはあらず、一體いったいなり。 9 この故ゆゑに神かみの合あはせ給たまふものは、人ひとこれを離はなすべからず』 10 家いへに入いりて弟子でしたち復またこの事ことを問とふ。 11 イエス言いひ給たまふ『おほよそ其その妻つまを出いだして、他ほかに娶めとる者ものは、その妻つまに對たいして姦淫かんいんを行おこなふなり。 12 また妻つまもし其その夫をっとを棄すてて他ほかに嫁とつがば、姦淫かんいんを行おこなふなり』
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13 イエスの觸さはり給たまはんことを望󠄇のぞみて、人々ひとびと幼兒をさなごらを連󠄃つれ來きたりしに、弟子でしたち禁いましめたれば、 14 イエス之これを見み、いきどほりて言いひたまふ『幼兒をさなごらの我われに來きたるを許ゆるせ、止とゞむな、神かみの國くには斯かくのごとき者ものの國くになり。 15 誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、凡おほよそ幼兒をさなごの如ごとくに神かみの國くにをうくる者ものならずば、之これに入いること能あたはず』 16 斯かくて幼兒をさなごを抱󠄃いだき、手てをその上うへにおきて祝しくし給たまへり。

17 イエス途󠄃みちに出いで給たまひしに、一人ひとりはしり來きたり跪ひざまづきて問とふ『善よき師しよ、永遠󠄄とこしへの生命いのちを嗣つぐためには、我われなにを爲なすべきか』 18 イエス言いひ給たまふ『なにゆゑ我われを善よしと言いふか、神かみひとりの他ほかに善よき者ものなし。 19 誡命いましめは汝なんぢが知しるところなり「殺ころすなかれ」「姦淫かんいんするなかれ」「盜ぬすむなかれ」「僞證ぎしょうを立たつるなかれ」欺あざむき取とるなかれ「汝なんぢの父󠄃ちちと母ははとを敬うやまへ」』 20 彼かれいふ『師しよ、われ幼おさなき時ときより皆みなこれを守まもれり』 21 イエス彼かれに目めをとめ、愛いつくしみて言いひ給たまふ『なんぢ尙なほ一ひとつを缺かく、往󠄃ゆきて汝なんぢの有󠄃もてる物ものを、ことごとく賣うりて、貧󠄃まづしき者ものに施ほどこせ、さらば財寳たからを天てんに得えん。且かつきたりて我われに從したがへ』 22 この言ことばによりて、彼かれは憂うれひを催もよほし、悲かなしみつつ去さりぬ、大おほいなる資󠄄產しさんをもてる故ゆゑなり。

23 イエス見囘みまはして弟子でしたちに言いひたまふ『富とみある者ものの神かみの國くにに入いるは如何いかに難かたいかな』 24 弟子でしたち此この御言みことばに驚をどろく。イエスまた答こたへて言いひ給たまふ『子こたちよ、神かみの國くにに入いるは、如何いかに難かたいかな、 25 富とめる者ものの神かみの國くにに入いるよりは、駱駝らくだの針はりの孔あなを通󠄃とほるかた、反かへつて易やすし』 26 弟子でしたち甚いたく驚をどろきて互たがひに言いふ『さらば誰たれか救すくはるる事ことを得えん』 27 イエス彼かれらに目めを注とめて言いひたまふ『人ひとには能あたはねど、神かみには然しからず、夫それ神かみは凡すべての事ことをなし得うるなり』
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28 ペテロ、イエスに對むかひて『我われらは一切いっさいをすてて汝なんぢに從したがひたり』と言いひ出いでたれば、 29 イエス言いひ給たまふ、『まことに汝なんぢらに吿つぐ、我わがため、福音󠄃ふくいんのために、或あるひは家いへ、或あるひは兄弟きゃうだい、あるひは姉妹しまい、或あるひは父󠄃ちち、或あるひは母はは、或あるひは子こ、或あるひは田畑たはたをすつる者ものは、〘65㌻〙 30 誰たれにても今いま、今いまの時ときに百ひゃく倍ばいを受うけぬはなし。即すなはち家いへ・兄弟きゃうだい・姉妹しまい・母はは・子こ・田畑たはたを迫󠄃害󠄅はくがいと共ともに受うけ、また後のちの世よにては、永遠󠄄とこしへの生命いのちを受うけぬはなし。 31 然されど多おほくの先さきなる者ものは後あとに、後あとなる者ものは先さきになるべし』

32 エルサレムに上のぼる途󠄃みちにて、イエス先さきだち往󠄃ゆき給たまひしかば、弟子でしたち驚をどろき、隨したがひ往󠄃ゆく者ものども懼おそれたり。イエス再ふたゝび十二じふに弟子でしを近󠄃ちかづけて、己おのが身みに起󠄃おこらんとする事ことどもを語かたり出いで給たまふ 33 『視みよ、我われらエルサレムに上あがる。人ひとの子こは祭司長さいしちゃう・學者がくしゃらに付わたされん。彼かれら死しに定さだめて、異邦󠄆人いはうじんに付わたさん。 34 異邦󠄆人いはうじんは嘲󠄂弄てうろうし、唾つばきし、鞭むちうち、遂󠄅つひに殺ころさん、斯かくて彼かれは三日みっかの後のちに甦よみがへるべし』

35 爰こゝにゼベダイの子こヤコブ、ヨハネ御許みもとに來きたりて言いふ『師しよ、願ねがはくは我われらが何なににても求もとむる所󠄃ところを爲なしたまへ』 36 イエス言いひ給たまふ『わが汝なんぢらに何なにを爲なさんことを望󠄇のぞむか』 37 彼かれら言いふ『なんぢの榮光えいくわうの中うちにて、一人ひとりをその右みぎに、一人ひとりをその左ひだりに坐ざせしめ給たまへ』 38 イエス言いひ給たまふ『なんぢらは求もとむる所󠄃ところを知しらず、汝なんぢ等らわが飮のむ酒杯さかづきを飮のみ、我わが受うくるバプテスマを受うけ得うるか』 39 彼かれ等らいふ『得うるなり』イエス言いひ給たまふ『なんぢら我わが飮のむ酒杯さかづきを飮のみ、また我わが受うくるバプテスマを受うくべし。 40 然されど我わが右みぎ左ひだりに坐ざすることは、我われの與あたふべきものならず、ただ備そなへられたる人ひとこそ與あたへらるるなれ』 41 十じふ人にんの弟子でしこれを聞きき、ヤコブとヨハネとの事ことにより憤いきどほり出いでたれば、
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42 イエス彼かれらを呼よびて言いひたまふ『異邦󠄆人いはうじんの君きみと認󠄃みとめらるる者ものの、その民たみを宰つかさどり、大おほいなる者ものの、民たみの上うへに權けんを執とることは、汝なんぢらの知しる所󠄃ところなり。 43 然されど汝なんぢらの中うちにては然しからず、反かへつて大おほいならんと思おもふ者ものは、汝なんぢらの役者えきしゃとなり、 44 頭かしらたらんと思おもふ者ものは、凡すべての者ものの僕しもべとなるべし。 45 人ひとの子この來きたれるも、事つかへらるる爲ためにあらず、反かへつて事つかふることをなし、又󠄂またおほくの人ひとの贖償あがなひとして己おのが生命いのちを與あたへん爲ためなり』

46 斯かくて彼かれらエリコに到いたる。イエスその弟子でしたち及および大おほいなる群衆ぐんじゅうと共ともに、エリコを出いでたまふ時とき、テマイの子こバルテマイといふ盲目めしひの乞食󠄃こつじき、路みちの傍かたへに坐ざしをりしが、 47 ナザレのイエスなりと聞きき、叫さけび出いだして言いふ『ダビデの子こイエスよ、我われを憫あはれみたまへ』 48 多おほくの人ひとかれを禁いましめて默もださしめんとしたれど、增々ますます叫さけびて『ダビデの子こよ、我われを憫あはれみたまへ』と言いふ。 49 イエス立たち止どまりて『かれを呼よべ』と言いひ給たまへば、人々ひとびと盲人めしひを呼よびて言いふ『心こゝろ安やすかれ、起󠄃たて、なんぢを呼よびたまふ』〘66㌻〙 50 盲人めしひうはぎを脫ぬぎ捨󠄃すて、躍󠄃をどり上あがりて、イエスの許もとに來きたりしに、 51 イエス答こたへて言いひ給たまふ『わが汝なんぢに何なにを爲なさんことを望󠄇のぞむか』盲人めしひいふ『わが師しよ、見みえんことなり』 52 イエス彼かれに『ゆけ、汝なんぢの信仰しんかうなんぢを救すくへり』と言いひ給たまへば、直たゞちに見みることを得え、イエスに從したがひて途󠄃みちを往󠄃ゆけり。

第11章

1 彼かれらエルサレムに近󠄃ちかづき、[*]オリブ山やまの麓ふもとなるベテパゲ及およびベタニヤに到いたりし時とき、イエス二人ふたりの弟子でしを遣󠄃つかはさんとして言いひ給たまふ、[*奮譯「橄欖山」とあり。] 2 『むかひの村むらにゆけ、其處そこに入いらば、頓やがて人ひとの未いまだ乘のりたることなき驢馬ろばの子この繋つなぎあるを見みん、それを解ときて牽󠄁ひき來きたれ。 3 誰たれかもし汝なんぢらに「なにゆゑ然しかするか」と言いはば「主しゅの用ようなり、彼かれただちに返󠄄かへさん」といへ』 4 弟子でしたち往󠄃ゆきて、門もんの外そとの路みちに驢馬ろばの子この繋つなぎあるを見みて解ときたれば、
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5 其處そこに立たつ人々ひとびとのうちの或ある者もの『なんぢら驢馬ろばの子こを解ときて何なにとするか』と言いふ。 6 弟子でしたちイエスの吿つげ給たまひし如ごとく言いひしに、彼かれら許ゆるせり。 7 斯かくて弟子でしたち驢馬ろばの子こをイエスの許もとに牽󠄁ひききたり、己おのが衣ころもをその上うへに置おきたれば、イエス之これに乘のり給たまふ。 8 多おほくの人ひとは己おのが衣ころもを、或ある人ひとは野のより伐きり取とりたる樹きの枝えだを途󠄃みちに敷󠄃しく。 9 かつ前󠄃まへに往󠄃ゆき後あとに從したがふ者ものども呼よばはりて言いふ『「[*]ホサナ、讃ほむべきかな、主しゅの御名みなによりて來きたる者もの」[*「ホサナ」は「救あれ」との意なり。] 10 讃ほむべきかな、今いまし來きたる我われらの父󠄃ちちダビデの國くに。「いと高たかき處ところにてホサナ」』 11 遂󠄅つひにエルサレムに到いたりて宮みやに入いり、凡すべての物ものを見囘みまはし、時ときはや暮くれに及およびたれば、十二じふに弟子でしと共ともにベタニヤに出いで往󠄃ゆきたまふ。

12 あくる日ひかれらベタニヤより出いで來きたりし時とき、イエス飢󠄄うゑ給たまふ。 13 遙はるかに葉はある無花果いちぢくの樹きを見みて、果みをや得えんと其そのもとに到いたり給たまひしに、葉はのほかに何なにをも見出みいだし給たまはず、是これは無花果いちぢくの時ときならぬに因よる。 14 イエスその樹きに對むかひて言いひたまふ『今いまより後のちいつまでも、人ひとなんぢの果みを食󠄃くらはざれ』弟子でしたち之これを聞きけり。

15 彼かれらエルサレムに到いたる。イエス宮みやに入いり、その內うちにて賣買うりかひする者ものどもを逐󠄃おひ出いだし、兩替りゃうがへする者ものの臺だい、鴿はとを賣うるものの腰󠄃掛こしかけを倒たふし、 16 また器物うつはを持もちて宮みやの內うちを過󠄃すぐることを免ゆるし給たまはず。 17 かつ敎をしへて言いひ給たまふ『「わが家いへは、もろもろの國人くにびとの祈いのりの家いへと稱󠄄となへらるべし」と錄しるされたるにあらずや、然しかるに汝なんぢらは之これを「强盜がうたうの巢す」となせり』 18 祭司長さいしちゃう・學者がくしゃら之これを聞きき、如何いかにしてかイエスを亡ほろぼさんと謀はかる、それは群衆ぐんじゅうみな其その敎をしへに驚をどろきたれば、彼かれを懼おそれしなり。〘67㌻〙

19 夕ゆふべになる每ごとに、イエス弟子でしたちと共ともに都みやこを出いでゆき給たまふ。
 92㌻ 

20 彼かれら朝󠄃あさ早はやく路みちをすぎしに、無花果いちぢくの樹きの根ねより枯かれたるを見みる。 21 ペテロ思おもひ出いだして、イエスに言いふ『ラビ見み給たまへ、詛のろひ給たまひし無花果いちぢくの樹きは枯かれたり』 22 イエス答こたへて言いひ給たまふ『神かみを信しんぜよ。 23 誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、人ひともし此この山やまに「移うつりて海うみに入いれ」と言いふとも、其その言いふところ必かならず成󠄃なるべしと信しんじて、心こゝろに疑うたがはずば、その如ごとく成󠄃なるべし。 24 この故ゆゑに汝なんぢらに吿つぐ、凡すべて祈いのりて願ねがふ事ことは、すでに得えたりと信しんぜよ、然さらば得うべし。 25 また立たちて祈いのるとき、人ひとを怨うらむ事ことあらば免ゆるせ、これは天てんに在います汝なんぢらの父󠄃ちちの、汝なんぢらの過󠄃失あやまちを免ゆるし給たまはん爲ためなり』 26 [なし][*][*異本「もし汝ら免さずば天に在す汝らの父󠄃も亦汝らの罪を免し給はじ」とあり。]

27 かれら又󠄂またエルサレムに到いたる。イエス宮みやの內うちを步あゆみ給たまふとき、祭司長さいしちゃう・學者がくしゃ・長老ちゃうらうたち御許みもとに來きたりて、 28 『何なにの權威󠄂けんゐをもて此これ等らの事ことをなすか、誰たが此これ等らの事ことを爲なすべき權威󠄂けんゐを授さづけしか』と言いふ。 29 イエス言いひ給たまふ『われ一言ひとこと、なんぢらに問とはん、答こたへよ、然さらば我われも何なにの權威󠄂けんゐをもて、此これ等らの事ことを爲なすかを吿つげん。 30 ヨハネのバプテスマは、天てんよりか、人ひとよりか、我われに答こたへよ』 31 彼かれら互たがひに論ろんじて言いふ『もし天てんよりと言いはば「何なに故ゆゑかれを信しんぜざりし」と言いはん。 32 然されど人ひとよりと言いはんか……』彼かれら群衆ぐんじゅうを恐おそれたり、人ひとみなヨハネを實じつに預言者よげんしゃと認󠄃みとめたればなり。 33 遂󠄅つひにイエスに答こたへて『知しらず』と言いふ。イエス言いひ給たまふ『われも何なにの權威󠄂けんゐをもて此これ等らの事ことを爲なすか、汝なんぢらに吿つげじ』

第12章

1 イエス譬たとへをもて彼かれらに語かたり出いで給たまふ『ある人ひと、葡萄園ぶだうぞのを造󠄃つくり、籬󠄂まがきを環󠄃めぐらし、酒槽さかぶねの穴󠄄あなを掘ほり、櫓ものみをたて、農夫のうふどもに貸かして、遠󠄄とほく旅󠄃立たびだちせり。 2 時ときいたりて農夫のうふより葡萄園ぶだうぞのの所󠄃得しょとくを受取うけとらんとて、僕しもべをその許もとに遣󠄃つかはししに、 3 彼かれら之これを執とらへて打うちたたき、空󠄃手むなでにて歸かへらしめたり。 4 又󠄂またほかの僕しもべを遣󠄃つかはししに、その首かうべに傷きずつけ、かつ辱はづかしめたり。
 93㌻ 
5 また他ほかの者ものを遣󠄃つかはししに、之これを殺ころしたり。又󠄂またほかの多おほくの僕しもべをも、或あるひは打うち或あるひは殺ころしたり。 6 なほ一人ひとりあり、即すなはち其その愛いつくしむ子こなり「わが子こは敬うやまふならん」と言いひて、最後いやはてに之これを遣󠄃つかはししに、〘68㌻〙 7 かの農夫のうふども互たがひに言いふ「これは世嗣よつぎなり、いざ之これを殺ころさん、然さらばその嗣業しげふは、我われらのものとなるべし」 8 乃すなはち執とらへて之これを殺ころし、葡萄園ぶだうぞのの外そとに投なげ棄すてたり。 9 然さらば葡萄園ぶだうぞのの主ぬし、なにを爲なさんか、來きたりて農夫のうふどもを亡ほろぼし、葡萄園ぶだうぞのを他ほかの者ものどもに與あたふべし。 10 汝なんぢら聖󠄃書せいしょに 「造󠄃家者いへつくりらの棄すてたる石いしは、 これぞ隅すみの首石おやいしとなれる。 11 これ主しゅによりて成󠄃なれるにて、 我われらの目めには奇くすしきなり」とある句くをすら讀よまぬか』 12 ここに彼かれ等らイエスを執とらへんと思おもひたれど、群衆ぐんじゅうを恐おそれたり、この譬たとへの己おのれらを指さして言いひ給たまへるを悟さとりしに因よる。遂󠄅つひにイエスを離はなれて去さり往󠄃ゆけり。

13 かくて彼かれらイエスの言尾ことばじりをとらへて陷入おとしいれん爲ために、パリサイ人びととヘロデ黨たうとの中うちより、數󠄄人すにんを御許みもとに遣󠄃つかはす。 14 その者ものども來きたりて言いふ『師しよ、我われらは知しる、汝なんぢは眞󠄃まことにして、誰たれをも憚はゞかりたまふ事ことなし、人ひとの外貌うはべを見みず、眞󠄃まことをもて神かみの道󠄃みちを敎をしへ給たまへばなり。我われら貢みつぎをカイザルに納󠄃をさむるは、宜よきか、惡あしきか、納󠄃をさめんか、納󠄃をさめざらんか』 15 イエス其その詐僞いつはりなるを知しりて『なんぞ我われを試こゝろむるか、デナリを持もち來きたりて我われに見みせよ』と言いひ給たまへば、 16 彼かれら持もち來きたる。イエス言いひ給たまふ『これは誰たれの像󠄃かたち、たれの號しるしなるか』『カイザルのなり』と答こたふ。 17 イエス言いひ給たまふ『カイザルの物ものはカイザルに、神かみの物ものは神かみに納󠄃をさめよ』彼かれらイエスに就つきて甚はなはだ怪あやしめり。

18 また復活よみがへりなしと云いふサドカイ人びとら、イエスに來きたり問とひて言いふ 19 『師しよ、モーセは、人ひとの兄弟きゃうだいもし子こなく妻つまを遺󠄃のこして死しなば、その兄弟きゃうだい、かれの妻つまを娶めとりて、兄弟きゃうだいのため嗣子よつぎを擧あぐべしと、我われらに書かき遺󠄃のこしたり。
 94㌻ 
20 爰こゝに七人しちにんの兄弟きゃうだいありて、兄あに、妻つまを娶めとり、嗣子よつぎなくして死しに、 21 第二だいにの者ものその女をんなを娶めとり、また嗣子よつぎなくして死しに、第三だいさんの者ものもまた然しかなし、 22 七人しちにんとも嗣子よつぎなくして死しに、終󠄃つひには其その女をんなも死しにたり。 23 復活よみがへりのとき[*]彼かれらみな甦よみがへらんに、この女をんなは誰たれの妻つまたるべきか、七人しちにんこれを妻つまとしたればなり』[*諸異本「彼らみな甦へらんに」の句なし。] 24 イエス言いひ給たまふ『なんぢらの誤󠄄あやまれるは、聖󠄃書せいしょをも、神かみの能力ちからをも、知しらぬ故ゆゑならずや。 25 人ひと、死人しにんの中うちより甦よみがへる時ときは、娶めとらず、嫁とつがず、天てんに在ある御使󠄃みつかひたちの如ごとくなるなり。 26 死しにたる者ものの甦よみがへる事ことに就つきては、モーセの書ふみの中なかなる柴しばの條くだりに、神かみモーセに「われはアブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみなり」と吿つげ給たまひし事ことあるを、未いまだ讀よまぬか。〘69㌻〙 27 神かみは死しにたる者ものの神かみにあらず、生いける者ものの神かみなり。なんぢら大おほいに誤󠄄あやまれり』

28 學者がくしゃの一人ひとり、かれらの論ろんじをるを聞きき、イエスの善よく答こたへ給たまへるを知しり、進󠄃すゝみ出いでて問とふ『すべての誡命いましめのうち、何なにか第一だいいちなる』 29 イエス答こたへたまふ『第一だいいちは是これなり「イスラエルよ聽きけ、主しゅなる我われらの神かみは唯一ゆゐいつの主しゅなり。 30 なんぢ心こゝろを盡つくし、精神せいしんを盡つくし、思おもひを盡つくし、力ちからを盡つくして、主しゅなる汝なんぢの神かみを愛あいすべし」 31 第二だいには是これなり「おのれの如ごとく汝なんぢの隣となりを愛あいすべし」此この二ふたつより大おほいなる誡命いましめはなし』 32 學者がくしゃいふ『善よきかな師しよ「神かみは唯一ゆゐいつにして他ほかに神かみなし」と言いひ給たまへるは眞󠄃まことなり。 33 「こころを盡つくし、知慧󠄄ちゑを盡つくし、力ちからを盡つくして神かみを愛あいし、また己おのれのごとく隣となりを愛あいする」は、もろもろの燔祭はんさいおよび犧牲いけにへに勝󠄃まさるなり』 34 イエスその聰さとく答こたへしを見みて言いひ給たまふ『なんぢ神かみの國くにに遠󠄄とほからず』此この後のちたれも敢あへてイエスに問とふ者ものなかりき。 35 イエス宮みやにて敎をしふるとき、答こたへて言いひ給たまふ『なにゆゑ學者がくしゃらはキリストをダビデの子こと言いふか。
 95㌻ 
36 ダビデ聖󠄃せい靈れいに感かんじて自みづからいへり 「主しゅわが主しゅに言いひ給たまふ、 我われなんぢの敵てきを汝なんぢの足あしの下したに置おくまでは、 我わが右みぎに坐ざせよ」と。 37 ダビデ自みづから彼かれを主しゅと言いふ、されば爭いかでその子こならんや』   大おほいなる群衆ぐんじゅうは喜よろこびてイエスに聽ききたり。

38 イエスその敎をしへのうちに言いひたまふ『學者がくしゃらに心こゝろせよ、彼かれらは長ながき衣ころもを著きて步あゆむこと、市場いちばにての敬禮けいれい、 39 會堂くわいだうの上座じゃうざ、饗宴ふるまひの上席じゃうせきを好このみ、 40 また寡婦󠄃やもめらの家いへを呑のみ、外見みえをつくりて長ながき祈いのりをなす。その受うくる審判󠄄さばきは更󠄃さらに嚴きびしからん』

41 イエス賽錢函さいせんばこに對むかひて坐ざし、群衆ぐんじゅうの錢ぜにを賽錢函さいせんばこに投なげ入いるるを見み給たまふ。富とめる多おほくの者ものは、多おほく投なげ入いれしが、 42 一人ひとりの貧󠄃まづしき寡婦󠄃やもめきたりて、レプタ二ふたつを投なげ入いれたり、即すなはち五ご厘りんほどなり。 43 イエス弟子でしたちを呼よび寄よせて言いひ給たまふ『まことに汝なんぢらに吿つぐ、この貧󠄃まづしき寡婦󠄃やもめは、賽錢函さいせんばこに投なげ入いるる凡すべての人ひとよりも多おほく投なげ入いれたり。 44 凡すべての者ものは、その豐ゆたかなる內うちよりなげ入いれ、この寡婦󠄃やもめは其その乏ともしき中なかより、凡すべての所󠄃有󠄃もちもの、即すなはち己おのが生命いのちの料しろをことごとく投なげ入いれたればなり』

第13章

1 イエス宮みやを出いで給たまふとき、弟子でしの一人ひとりいふ『師しよ、見み給たまへ、これらの石いし、これらの建󠄄造󠄃物たてもの、いかに盛󠄃さかんならずや』 2 イエス言いひ給たまふ『なんぢ此これ等らの大おほいなる建󠄄造󠄃物たてものを見みるか、一ひとつの石いしも崩󠄃くづされずしては石いしの上うへに殘のこらじ』〘70㌻〙

3 オリブ山やまにて宮みやの方かたに對むかひて坐ざし給たまへるに、ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレ竊ひそかに問とふ 4 『われらに吿つげ給たまへ、これらの事ことは何時いつあるか、又󠄂またすべて此これ等らの事ことの成󠄃なし遂󠄅とげられんとする時ときは、如何いかなる兆󠄃しるしあるか』 5 イエス語かたり出いで給たまふ『なんぢら人ひとに惑まどはされぬやうに心こゝろせよ。
 96㌻ 
6 多おほくの者ものわが名なを冐をかし來きたり「われは夫それなり」と言いひて多おほくの人ひとを惑まどはさん。 7 戰爭いくさと戰爭いくさの噂󠄄うはさとを聞きくとき懼おそるな、斯かゝる事ことはあるべきなり、然されど未いまだ終󠄃をはりにはあらず。 8 即すなはち「民たみは民たみに、國くには國くにに逆󠄃さからひて起󠄃たたん」また處々ところどころに地震ぢしんあり、饑󠄃饉ききんあらん、これらは產うみの苦難くるしみの始はじめなり。

9 汝なんぢ等らみづから心こゝろせよ、人々ひとびとなんぢらを衆議所󠄃しゅうぎしょに付わたさん。なんぢら會堂くわいだうに曳ひかれて打うたれ、且かつわが故ゆゑによりて、司つかさたち及および王わうたちの前󠄃まへに立たてられん、これは證あかしをなさん爲ためなり。 10 斯かくて福音󠄃ふくいんは先まづもろもろの國人くにびとに宣傳のべつたへらるべし。 11 人々ひとびとなんぢらを曳ひきて付わたさんとき、何なにを言いはんと預あらかじめ思おもひ煩わづらふな、唯たゞそのとき授さづけらるることを言いへ、これ言いふ者ものは汝なんぢ等らにあらず聖󠄃せい靈れいなり。 12 兄弟きゃうだいは兄弟きゃうだいを、父󠄃ちちは子こを死しにわたし、子こらは親おやたちに逆󠄃さからひ立たちて死しなしめん。 13 又󠄂またなんぢら我わが名なの故ゆゑに凡すべての人ひとに憎にくまれん、然されど終󠄃をはりまで耐たへ忍󠄄しのぶ者ものは救すくはるべし。

14 「荒あらす惡にくむべき者もの」の立たつべからざる所󠄃ところに立たつを見みば(讀よむもの悟さとれ)その時ときユダヤにをる者ものどもは、山やまに遁󠄅のがれよ。 15 屋やの上うへにをる者ものは、內うちに下くだるな。また家いへの物ものを取とり出いださんとて內うちに入いるな。 16 畑はたにをる者ものは上衣うはぎを取とらんとて歸かへるな。 17 其その日ひには孕みごもりたる女をんなと、乳󠄃ちゝを哺のまする女をんなとは禍害󠄅わざはひなるかな。 18 この事ことの、冬󠄃ふゆおこらぬやうに祈いのれ、 19 その日ひは患難なやみの日ひなればなり。神かみの萬物ばんぶつを造󠄃つくり給たまひし開闢かいびゃくより今いまに至いたるまで、斯かゝる患難なやみはなく、また後のちにもなからん。 20 主しゅその日ひを少すくなくし給たまはずば、救すくはるる者もの、一人ひとりだになからん。然されど其その選󠄄えらび給たまひし選󠄄民せんみんの爲ために、その日ひを少すくなくし給たまへり。 21 其その時ときなんぢらに「視みよ、キリスト此處ここにあり」「視みよ、彼處かしこにあり」と言いふ者ものありとも信しんずな。 22 僞にせキリスト・僞にせ預言者よげんしゃら起󠄃おこりて、徴しるしと不思議ふしぎとを行おこなひ、爲なし得うべくは、選󠄄民せんみんをも惑まどはさんとするなり。
 97㌻ 
23 汝なんぢらは心こゝろせよ、預あらかじめ之これを皆みななんぢらに吿つげおくなり。

24 其その時とき、その患難なやみののち、日ひは暗󠄃くらく、月󠄃つきは光ひかりを發はなたず。〘71㌻〙 25 星ほしは空󠄃そらより隕おち、[*]天てんにある萬象ばんしゃう、震ふるひ動うごかん。[*或は「天にある諸の勢力」と譯す。] 26 其そのとき人々ひとびと、人ひとの子この大おほいなる能力ちからと榮光えいくわうとをもて、雲くもに乘のり來きたるを見みん。 27 その時ときかれは使󠄃者つかひたちを遣󠄃つかはして、地ちの極はてより天てんの極はてまで、四方しはうより、其その選󠄄民せんみんをあつめん。

28 無花果いちぢくの樹きよりの譬たとへを學まなべ、その枝えだすでに柔やはらかくなりて葉は芽めぐめば、夏なつの近󠄃ちかきを知しる。 29 斯かくのごとく此これ等らのことの起󠄃おこるを見みば、[*]人ひとの子こすでに近󠄃ちかづきて門邊󠄎かどべにいたるを知しれ。[*「人の子」或は「時」と譯す。] 30 誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、これらの事ことことごとく成󠄃なるまで、今いまの代よは過󠄃すぎ逝󠄃ゆくことなし。 31 天てん地ちは過󠄃すぎゆかん、然されど我わが言ことばは過󠄃すぎ逝󠄃ゆくことなし。 32 その日ひその時ときを知しる者ものなし。天てんにある使󠄃者つかひたちも知しらず、子こも知しらず、ただ父󠄃ちちのみ知しり給たまふ。 33 心こゝろして[*]目めを覺さましをれ、汝なんぢ等らその時ときの何時いつなるかを知しらぬ故ゆゑなり。[*異本「目を覺し、かつ祈れ」とあり。] 34 例たとへば家いへを出いづる時ときその僕しもべどもに權けんを委ゆだねて、各自おのおのの務つとめを定さだめ、更󠄃さらに門守かどもりに、目めを覺さましをれと、命めいじ置おきて遠󠄄とほく旅󠄃立たびだちしたる人ひとのごとし。 35 この故ゆゑに目めを覺さましをれ、家いへの主人あるじの歸かへるは、夕ゆふべか、夜半󠄃よなかか、鷄にはとり鳴なくころか、夜明よあけか、いづれの時ときなるかを知しらねばなり。 36 恐おそらくは俄にはかに歸かへりて、汝なんぢらの眠ねむれるを見みん。 37 わが汝なんぢらに吿つぐるは、凡すべての人ひとに吿つぐるなり。目めを覺さましをれ』

第14章

1 さて過󠄃越すぎこしと除酵じょかうとの祭まつりの二日ふつか前󠄃まへとなりぬ。祭司長さいしちゃう・學者がくしゃら詭計たばかりをもてイエスを捕とらへ、かつ殺ころさんと企くはだてて言いふ 2 『祭まつりの間あひだは爲なすべからず、恐おそらくは民たみの亂らんあるべし』

3 イエス、ベタニヤに在いまして、癩病人らいびゃうにんシモンの家いへにて食󠄃事しょくじの席せきにつき居給ゐたまふとき、或ある女をんな、價あたひ高たかき混まじりなきナルドの香にほひ油あぶらの入いりたる石膏せきかうの壺つぼを持もち來きたり、その壺つぼを毀こぼちてイエスの首かうべに注そゝぎたり。
 98㌻ 
4 ある人々ひとびと、憤いきどほりて互たがひに言いふ『なに故ゆゑかく濫みだりに油あぶらを費つひやすか、 5 この油あぶらを三さん百ひゃくデナリ餘あまりに賣うりて、貧󠄃まづしき者ものに施ほどこすことを得えたりしものを』而しかして甚いたく女をんなを咎とがむ。 6 イエス言いひ給たまふ『その爲なすに任まかせよ、何なんぞこの女をんなを惱なやますか、我われに善よき事ことをなせり。 7 貧󠄃まづしき者ものは、常つねに汝なんぢらと偕ともにをれば、何時いつにても心こゝろのままに助たすけ得うべし、然されど我われは常つねに汝なんぢらと偕ともにをらず。 8 此この女をんなは、なし得うる限かぎりをなして、我わが體からだに香にほひ油あぶらをそそぎ、預あらかじめ葬はうむりの備そなへをなせり。 9 誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、全󠄃世界ぜんせかい、何處いづこにても、福音󠄃ふくいんの宣傳󠄂のべつたへらるる處ところには、この女をんなの爲なしし事ことも記念きねんとして語かたらるべし』〘72㌻〙

10 爰こゝに十二じふに弟子でしの一人ひとりなるイスカリオテのユダ、イエスを賣うらんとて祭司長さいしちゃうの許もとにゆく。 11 彼かれ等らこれを聞ききて喜よろこび、銀かねを與あたへんと約やくしたれば、ユダ如何いかにしてか機をり好よくイエスを付わたさんと謀はかる。

12 除酵祭じょかうさいの初はじめの日ひ、即すなはち過󠄃越すぎこしの羔羊こひつじを屠󠄃ほふるべき日ひ、弟子でしたちイエスに言いふ『過󠄃越すぎこしの食󠄃しょくをなし給たまふために、我われらが何處いづこに往󠄃ゆきて備そなふることを望󠄇のぞみ給たまふか』 13 イエス二人ふたりの弟子でしを遣󠄃つかはさんとして言いひたまふ『都みやこに往󠄃ゆけ、然さらば水みづをいれたる瓶かめを持もつ人ひと、なんぢらに遇󠄃あふべし。之これに從したがひ往󠄃ゆき、 14 その入いる所󠄃ところの家主いへあるじに「師しいふ、われ弟子でしらと共ともに過󠄃越すぎこしの食󠄃しょくを爲なすべき座敷󠄃ざしきは何處いづこなるか」と言いへ。 15 然さらば調󠄃とゝのへ備そなへたる大おほいなる二階にかい座敷󠄃ざしきを見みすべし。其處そこに我われらのために備そなへよ』 16 弟子でしたち出いで往󠄃ゆきて都みやこに入いり、イエスの言いひ給たまひし如ごとくなるを見みて過󠄃越すぎこしの設備そなへをなせり。

17 日ひ暮くれてイエス十二じふに弟子でしとともに往󠄃ゆき、 18 みな席せきに就つきて食󠄃しょくするとき言いひ給たまふ『まことに汝なんぢらに吿つぐ、我われと共ともに食󠄃しょくする汝なんぢらの中うちの一人ひとり、われを賣うらん』
 99㌻ 
19 弟子でしたち憂うれひて一人ひとり一人ひとり『われなるか』と言いひ出いでしに、 20 イエス言いひたまふ『十二じふにのうちの一人ひとりにて我われと共ともにパンを鉢はちに浸󠄃ひたす者ものは夫それなり。 21 實げに人ひとの子こは己おのれに就つきて錄しるされたる如ごとく逝󠄃ゆくなり。然されど人ひとの子こを賣うる者ものは禍害󠄅わざはひなるかな、その人ひとは生うまれざりし方かたよかりしものを』

22 彼かれら食󠄃しょくしをる時とき、イエス、パンを取とり、祝しくしてさき、弟子でしたちに與あたへて言いひたまふ『取とれ、これは我わが體からだなり』 23 また酒杯さかづきを取とり、謝󠄃しゃして彼かれらに與あたへ給たまへば、皆みなこの酒杯さかづきより飮のめり。 24 また言いひ給たまふ『これは契󠄅約けいやくの我わが血ち、おほくの人ひとの爲ために流ながす所󠄃ところのものなり。 25 誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、神かみの國くににて新あたらしきものを飮のむ日ひまでは、われ葡萄ぶだうの果みより成󠄃なるものを飮のまじ』

26 かれら讃美さんびをうたひて後のち、オリブ山やまに出いでゆく。

27 イエス弟子でしたちに言いひ給たまふ『なんぢら皆みな躓つまづかん、それは「われ牧羊者ひつじかひを打うたん、然さらば羊ひつじ、散ちるべし」と錄しるされたるなり。 28 然されど我われよみがへりて後のち、なんぢらに先さきだちてガリラヤに往󠄃ゆかん』 29 時ときにペテロ、イエスに言いふ『假令たとへみな躓つまづくとも我われは然しからじ』 30 イエス言いひ給たまふ『まことに汝なんぢに吿つぐ、今日けふこの夜よ、鷄にはとりふたたび鳴なく前󠄃まへに、なんぢ三みたび我われを否いなむべし』 31 ペテロ力ちからをこめて言いふ『われ汝なんぢとともに死しぬべき事ことありとも汝なんぢを否いなまず』弟子でしたち皆みなかく言いへり。〘73㌻〙

32 彼かれらゲツセマネと名なづくる處ところに到いたりし時とき、イエス弟子でしたちに言いひ給たまふ『わが祈いのる間あひだ、ここに座ざせよ』 33 斯かくてペテロ、ヤコブ、ヨハネを伴󠄃ともなひゆき、甚いたく驚をどろき、かつ悲かなしみ出いでて言いひ給たまふ 34 『わが心こゝろいたく憂うれひて死しぬばかりなり、汝なんぢら此處ここに留とゞまりて目めを覺さましをれ』
 100㌻ 
35 少すこし進󠄃すゝみゆきて、地ちに平󠄃伏ひれふし、若もしも得うべくば此この時ときの己おのれより過󠄃すぎ往󠄃ゆかんことを祈いのりて言いひ給たまふ 36 『[*]アバ父󠄃ちちよ、父󠄃ちちには能あたはぬ事ことなし、此この酒杯さかづきを我われより取とり去さり給たまへ。されど我わが意こゝろのままを成󠄃なさんとにあらず、御意みこゝろのままを成󠄃なし給たまへ』[*「父󠄃」の義なり。] 37 來きたりて、その眠ねむれるを見み、ペテロに言いひ給たまふ『シモンよ、なんぢ眠ねむるか、一いち時ときも目めを覺さましをること能あたはぬか。 38 なんぢら誘惑まどはしに陷おちいらぬやう目めを覺さまし、かつ祈いのれ。實げに心こゝろは熱ねつすれども肉󠄁體にくたいよわきなり』 39 再ふたゝびゆき、同おなじ言ことばにて祈いのり給たまふ。 40 また來きたりて彼かれらの眠ねむれるを見みたまふ、是これその目め、いたく疲つかれたるなり、彼かれら何なにと答こたふべきかを知しらざりき。 41 三度みたび來きたりて言いひたまふ『今いまは眠ねむりて休やすめ、足たれり、時とききたれり、視みよ、人ひとの子こは罪人つみびとらの手てに付わたさるるなり。 42 起󠄃たて、われらは往󠄃ゆくべし。視みよ、我われを賣うる者ものちかづけり』

43 なほ語かたりゐ給たまふほどに、十二じふに弟子でしの一人ひとりなるユダ、やがて近󠄃ちかづき來きたる、祭司長さいしちゃう・學者がくしゃ・長老ちゃうらうらより遣󠄃つかはされたる群衆ぐんじゅう、劍つるぎと棒ぼうとを持もちて之これに伴󠄃ともなふ。 44 イエスを賣うるもの、預あらかじめ合圖󠄃あひづを示しめして言いふ『わが接吻くちつけする者ものはそれなり、之これを捕とらへて確しかと引ひきゆけ』 45 斯かくて來きたりて直たゞちに御許みもとに往󠄃ゆき[*]『ラビ』と言いひて接吻くちつけしたれば、[*「師」の義なり。] 46 人々ひとびとイエスに手てをかけて捕とらふ。 47 傍かたはらに立たつ者もののひとり、劍つるぎを拔ぬき、大だい祭司さいしの僕しもべを擊うちて、耳みゝを切きり落おとせり。 48 イエス人々ひとびとに對むかひて言いひ給たまふ『なんぢら强盜がうたうにむかふ如ごとく劍つるぎと棒ぼうとを持もち、我われを捕とらへんとて出いで來きたるか。 49 我われは日々ひゞなんぢらと偕ともに宮みやにありて敎をしへたりしに、我われを執とらへざりき、然されど是これは聖󠄃書せいしょの言ことばの成󠄃就じゃうじゅせん爲ためなり』 50 其そのとき弟子でしみなイエスを棄すてて逃󠄄にげ去さる。
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51 ある若者わかもの、素肌すはだに亞麻󠄃あま布ぬのを纒󠄂まとひて、イエスに從したがひたりしに、人々ひとびとこれを捕とらへければ、 52 亞麻󠄃あま布ぬのを棄すて裸はだかにて逃󠄄にげ去されり。

53 人々ひとびとイエスを大だい祭司さいしの許もとに曳ひき往󠄃ゆきたれば、祭司長さいしちゃう・長老ちゃうらう・學者がくしゃら皆みなあつまる。 54 ペテロ遠󠄄とほく離はなれてイエスに從したがひ、大だい祭司さいしの中庭󠄄なかにはまで入いり、下役したやくどもと共ともに坐ざして火ひに煖あたゝまりゐたり。 55 さて祭司長さいしちゃうら及および全󠄃ぜん議會ぎくわい、イエスを死しに定さだめんとて、證據しょうこを求もとむれども得えず。〘74㌻〙 56 夫それはイエスに對たいして僞證ぎしょうする者もの、多おほくあれども其その證據しょうこあはざりしなり。 57 遂󠄅つひに或ある者ものども起󠄃たちて僞證ぎしょうして言いふ 58 『われら此この人ひとの「われは手てにて造󠄃つくりたる此この宮みやを毀こぼち、手てにて造󠄃つくらぬ他ほかの宮みやを三日みっかにて建󠄄たつべし」と云いへるを聞きけり』 59 然されど尙なほこの證據しょうこもあはざりき。 60 爰こゝに大だい祭司さいし、中なかに立たちイエスに問とひて言いふ『なんぢ何なにをも答こたへぬか、此この人々ひとびとの立たつる證據しょうこは如何いかに』 61 然されどイエス默もだして何なにをも答こたへ給たまはず。大だい祭司さいしふたたび問とひて言いふ『なんぢは頌󠄃ほむべきものの子こキリストなるか』 62 イエス言いひ給たまふ『われは夫それなり、汝なんぢら人ひとの子この、全󠄃能者ぜんのうしゃの右みぎに坐ざし、天てんの雲くもの中うちにありて來きたるを見みん』 63 此このとき大だい祭司さいしおのが衣ころもを裂さきて言いふ『なんぞ他ほかに證人しゃうにんを求もとめん。 64 なんぢら此この瀆言けがしごとを聞きけり、如何いかに思おもふか』かれら擧こぞりてイエスを死しに當あたるべきものと定さだむ。 65 而しかして或ある者ものどもはイエスに唾つばきし、又󠄂またその顏かほを蔽おほひ、拳󠄃こぶしにて搏うちなど爲始しはじめて言いふ、『預言よげんせよ』下役したやくどもイエスを受うけ、手掌てのひらにてうてり。

66 ペテロ下したにて中庭󠄄なかにはにをりしに、大だい祭司さいしの婢女はしための一人ひとりきたりて、 67 ペテロの火ひに煖あたゝまりをるを見み、これに目めを注とめて『なんぢも、かのナザレ人びとイエスと偕ともに居ゐたり』と言いふ。 68 ペテロ肯うけがはずして『われは汝なんぢの言いふことを知しらず、又󠄂またその意こゝろをも悟さとらず』と言いひて庭󠄄には口ぐちに出いでたり。[*][*異本六八節の末に「時に鷄なきぬ」といふ句あり。]
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69 婢女はしためかれを見みて、また傍かたはらに立たつ者ものどもに『この人ひとは、かの黨與ともがらなり』と言いひ出いでしに、 70 ペテロ重かさねて肯うけがはず、暫しばらくしてまた傍かたはらに立たつ者ものどもペテロに言いふ『なんぢは慥たしかに、かの黨與ともがらなり、汝なんぢもガリラヤ人びとなり』 71 此この時ときペテロ盟うけひ、かつ誓ちかひて『われは汝なんぢらの言いふ其その人ひとを知しらず』と言いひ出いづ。 72 その折をりしも、また鷄にはとりなきぬ。ペテロ『にはとり二度ふたゝびなく前󠄃まへに、なんぢ三度みたびわれを否いなまん』とイエスの言いひ給たまひし御言みことばを思おもひいだし、思おもひ反かへして泣なきたり。

第15章

1 夜よ明あくるや直たゞちに、祭司長さいしちゃう・長老ちゃうらう・學者がくしゃら、即すなはち全󠄃ぜん議會ぎくわいともに相あひ議はかりて、イエスを縛󠄃しばり曳ひきゆきて、ピラトに付わたす。 2 ピラト、イエスに問とひて言いふ『なんぢはユダヤ人びとの王わうなるか』答こたへて言いひ給たまふ『なんぢの言いふが如ごとし』 3 祭司長さいしちゃうら、さまざまに訴うったふれば、 4 ピラトまた問とひて言いふ『なにも答こたへぬか、視みよ、如何いかに[*]多おほくの事ことをもて訴うったふるか』[*或は「重大なる事」と譯す。]〘75㌻〙 5 されどピラトの怪あやしむばかりイエス更󠄃さらに何なにをも答こたへ給たまはず。

6 さて祭まつりの時ときには、ピラト民たみの願ねがひに任まかせて、囚人めしうどひとりを赦ゆるす例れいなるが、 7 爰こゝに一揆いっきを起󠄃おこし、人ひとを殺ころして繋つながれをる者ものの中うちに、バラバといふ者ものあり。 8 群衆ぐんじゅうすすみ來きたりて、例れいの如ごとくせんことを願ねがひ出いでたれば、 9 ピラト答こたへて言いふ『ユダヤ人びとの王わうを赦ゆるさんことを願ねがふか』 10 これピラト、祭司長さいしちゃうらのイエスを付わたししは、嫉ねたみに因よると知しる故ゆゑなり。 11 然されど祭司長さいしちゃうら群衆ぐんじゅうを唆そゝのかし、反かへつてバラバを赦ゆるさんことを願ねがはしむ。 12 ピラトまた答こたへて言いふ『さらば汝なんぢらがユダヤ人びとの王わうと稱󠄄となふる者ものをわれ如何いかに爲すべきか』 13 人々ひとびとまた叫さけびて言いふ『十字架じふじかにつけよ』 14 ピラト言いふ『そも彼かれは何なにの惡事あくじを爲なしたるか』かれら烈はげしく叫さけびて『十字架じふじかにつけよ』と言いふ。 15 ピラト群衆ぐんじゅうの望󠄇のぞみを滿みたさんとて、バラバを釋ゆるし、イエスを鞭むちうちたるのち、十字架じふじかにつくる爲ためにわたせり。
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16 兵卒へいそつどもイエスを官邸くわんていの中庭󠄄なかにはに連󠄃つれゆき、全󠄃ぜん隊󠄄たいを呼よび集あつめて、 17 彼かれに紫色むらさきの衣ころもを著きせ、茨いばらの冠冕󠄅かんむりを編󠄃あみて冠かむらせ、 18 『ユダヤ人びとの王わう、安やすかれ』と禮れいをなし始はじめ、 19 また葦あしにて、其その首かうべをたたき、唾つばきし、跪ひざまづきて拜はいせり。 20 かく嘲󠄂弄てうろうしてのち、紫色むらさきの衣ころもを剝はぎ、故もとの衣ころもを著きせ十字架じふじかにつけんとて曳ひき出いだせり。 21 時ときにアレキサンデルとルポスとの父󠄃ちちシモンといふクレネ人びと、田舍ゐなかより來きたりて通󠄃とほりかかりしに、强しひてイエスの十字架じふじかを負󠄅おはせ、 22 イエスをゴルゴタ、釋とけば髑髏されかうべといふ處ところに連󠄃つれ往󠄃ゆけり。 23 斯かくて沒藥もつやくを混まぜたる葡萄酒ぶだうしゅを與あたへたれど、受うけ給たまはず。 24 彼かれらイエスを十字架じふじかにつけ、而しかして誰たれが何なにを取とるべきと、䰗くじを引ひきて其その衣ころもを分󠄃わかつ、 25 イエスを十字架じふじかにつけしは、朝󠄃あさの九時くじ頃ごろなりき。 26 その罪標すてふだには『ユダヤ人びとの王わう』と書しるせり。 27 イエスと共ともに、二人ふたりの强盜がうたうを十字架じふじかにつけ、一人ひとりをその右みぎに、一人ひとりをその左ひだりに置おく。 28 [なし][*][*異本「彼は罪人と共に數󠄄へられたりといへる聖󠄃書は成󠄃就したり」とあり。] 29 往󠄃來ゆききの者ものどもイエスを譏󠄃そしり、首かうべを振ふりて言いふ『ああ宮みやを毀こぼちて三日みっかのうちに建󠄄たつる者ものよ、 30 十字架じふじかより下おりて己おのれを救すくへ』 31 祭司長さいしちゃうらも亦また同おなじく學者がくしゃらと共ともに嘲󠄂弄てうろうして互たがひに言いふ『人ひとを救すくひて、己おのれを救すくふこと能あたはず、 32 イスラエルの王わうキリスト、いま十字架じふじかより下おりよかし、然さらば我われら見みて信しんぜん』共ともに十字架じふじかにつけられたる者ものどもも、イエスを罵のゝしりたり。

33 晝ひるの十二じふに時じに、地ちのうへ徧あまねく暗󠄃くらくなりて、三時さんじに及およぶ。〘76㌻〙 34 三時さんじにイエス大聲おほごゑに『エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ』と呼よばはり給たまふ。之これを釋とけば、わが神かみ、わが神かみ、なんぞ我われを見み棄すて給たまひし、との意こゝろなり。 35 傍かたはらに立たつ者もののうち或ある人々ひとびとこれを聞ききて言いふ『視みよ、エリヤを呼よぶなり』 36 一人ひとりはしり往󠄃ゆきて、海綿うみわたに酸すき葡萄酒ぶだうしゅを含ふくませて葦あしにつけ、イエスに飮のましめて言いふ『待まて、エリヤ來きたりて、彼かれを下おろすや否いなや、我われら之これを見みん』
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37 イエス大聲おほごゑを出いだして息いき絕たえ給たまふ。 38 聖󠄃所󠄃せいじょの幕まく、上うへより下したまで裂さけて二ふたつとなりたり。 39 イエスに向むかひて立たてる百卒長ひゃくそつちゃう、かかる樣さまにて息いき絕たえ給たまひしを見みて言いふ『實げにこの人ひとは神かみの子こなりき』 40 また遙はるかに望󠄇のぞみ居ゐたる女をんな等たちあり、その中なかにはマグダラのマリヤ、小せうヤコブとヨセとの母ははマリヤ及およびサロメなども居ゐたり。 41 彼かれらはイエスのガリラヤに居給ゐたまひしとき、從したがひ事つかへし者ものどもなり。此この他ほかイエスと共ともにエルサレムに上のぼりし多おほくの女をんなもありき。

42 日ひ旣󠄁すでに暮くれて、準備そなへ日び、即すなはち安息あんそく日にちの前󠄃まへの日ひとなりたれば、 43 貴たふとき議員ぎゐんにして、神かみの國くにを待まち望󠄇のぞめる、アリマタヤのヨセフ來きたりて、憚はゞからずピラトの許もとに往󠄃ゆき、イエスの屍體しかばねを乞こふ。 44 ピラト、イエスは早はや死しにしかと訝いぶかり、百卒長ひゃくそつちゃうを呼よびて、その死しにしより時とき經へしや否いなやを問とひ、 45 旣󠄁すでに死しにたる事ことを百卒長ひゃくそつちゃうより聞きき知しりて、屍體しかばねをヨセフに與あたふ。 46 ヨセフ亞麻󠄃あま布ぬのを買かひ、イエスを取下とりおろして之これに包󠄃つゝみ、岩いはに鑿ほりたる墓はかに納󠄃をさめ、墓はかの入口いりくちに石いしを轉まろばし置おく。 47 マグダラのマリヤとヨセの母ははマリヤとイエスを納󠄃をさめし處ところを見みゐたり。

第16章

1 安息あんそく日にち終󠄃をはりし時とき、マグダラのマリヤ、ヤコブの母ははマリヤ及およびサロメ往󠄃ゆきて、イエスに抹ぬらんとて香料かうれうを買かひ、 2 一週󠄃ひとまはりの首はじめの日ひ、日ひの出いでたる頃ころいと早はやく墓はかにゆく。 3 誰たれか我われらの爲ために墓はかの入口いりくちより石いしを轉まろばすべきと語かたり合あひしに、 4 目めを擧あぐれば、石いしの旣󠄁すでに轉まろばしあるを見みる。この石いしは甚はなはだ大おほいなりき。 5 墓はかに入いり、右みぎの方かたに白しろき衣ころもを著きたる若者わかものの坐ざするを見みて甚いたく驚をどろく。 6 若者わかものいふ『おどろくな、汝なんぢらは十字架じふじかにつけられ給たまひしナザレのイエスを尋󠄃たづぬれど、旣󠄁すでに甦よみがへりて、此處ここに在いまさず。視みよ、納󠄃をさめし處ところは此處ここなり。
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7 然されど往󠄃ゆきて、弟子でしたちとペテロとに吿つげよ「汝なんぢらに先さきだちてガリラヤに往󠄃ゆき給たまふ、彼處かしこにて謁まみゆるを得えん、曾かつて汝なんぢらに言いひ給たまひしが如ごとし」』〘77㌻〙 8 女をんな等たちいたく驚をどろきをののき、墓はかより逃󠄄にげ出いでしが、懼おそれたれば一言ひとことをも人ひとに語かたらざりき。

9 [*異本九節以下を缺く。]〔一週󠄃ひとまはりの首はじめの日ひの拂曉あかつき、イエス甦よみがへりて先まづマグダラのマリヤに現あらはれたまふ、前󠄃さきにイエスが七なゝつの惡鬼あくきを逐󠄃おひいだし給たまひし女をんななり。 10 マリヤ往󠄃ゆきて、イエスと偕ともにありし人々ひとびとの、泣なき悲かなしみ居をるときに之これを吿つぐ。 11 彼かれらイエスの活いき給たまへる事ことと、マリヤに見みえ給たまひし事こととを聞きけども信しんぜざりき。

12 此この後のちその中うちの二人ふたり、田舍ゐなかに往󠄃ゆく途󠄃みちを步あゆむほどに、イエス異ことなりたる姿󠄄すがたにて現あらはれ給たまふ。 13 此この二人ふたりゆきて、他ほかの弟子でしたちに之これを吿つげたれど、なほ信しんぜざりき。

14 其そののち十じふ一いち弟子でしの食󠄃しょくしをる時ときに、イエス現あらはれて、己おのが甦よみがへりたるを見みし者ものどもの言ことばを信しんぜざりしにより、其その信仰しんかうなきと、其その心こゝろの頑󠄂固かたくななるとを責せめ給たまふ。 15 斯かくて彼かれらに言いひたまふ『全󠄃世界ぜんせかいを巡󠄃めぐりて凡すべての造󠄃つくられしものに福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへよ。 16 信しんじてバプテスマを受うくる者ものは救すくはるべし、然されど信しんぜぬ者ものは罪つみに定さだめらるべし。 17 信しんずる者ものには此これ等らの徴しるし、ともなはん。即すなはち我わが名なによりて惡鬼あくきを逐󠄃おひいだし、新あたらしき言ことばをかたり、 18 蛇へびを握にぎるとも、毒󠄂どくを飮のむとも、害󠄅がいを受うけず、病やめる者ものに手てをつけなば癒󠄄いえん』
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19 語かたり終󠄃をへてのち、主しゅイエスは天てんに擧あげられ、神かみの右みぎに坐ざし給たまふ。 20 弟子でしたち出いでて、徧あまねく福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへ、主しゅも亦またともに働はたらき、伴󠄃ともなふところの徴しるしをもて、御言みことばを確かたうし給たまへり〕〘78㌻〙
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